【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―



 一改くんはハッとしたように私の腕をつかんで、バイクとバイクのあいだに私を引っぱっていった。




「話はあとで聞く。今はここに隠れてろ。…勝手に逃げるなよ」




 うばいとったウィッグ一式を私に返して、一改くんは私をまっすぐに見つめる。

 肩を押されるまましゃがみこみ、「は、はい…」と遅れて返事をすると、一改くんは走って倉庫のなかにもどっていった。




「…」




 どうしよう…。

 ちゃんとMalice(マリス)をやめてから、一改くんに会ってぜんぶ説明するつもりだったのに…。

 Malice(マリス)の一員だと思われたまま、正体がバレちゃった…。


 一改くん、私のこと、どう思うかな…。

 ウィッグ一式を手に持ち、ひざを(かか)えこんで考えていたら、ジャリ、とだれかの足音が聞こえて、息を飲む。

 声を出さないように口を閉ざして、視線だけであたりを探ると、絶えず聞こえた足音で、複数人いることがわかった。