【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―

 “不運”に()ったからって…いくらなんでも、それはいや…っ!

 壁から離れようとして やっと、逃げ出せないくらい強い力で、壁に押さえつけられていることがわかった。

 目の前からナイフが遠ざかっていくのを見て、心臓がバクバクと音を立てる。




「いや…っ」




 本当に小さな、でも私にとっては精いっぱいのさけび声を上げると、アスファルトと くつがこすれるような、ジャリッという音が近くで聞こえた。

 やってくる痛みに耐えようとして、ギュッと目をつぶれば、周囲から聞こえる雨音が鮮明(せんめい)になる。




「…一改(いっかい)、おまえ…なんのつもりだ?」




 総長と呼ばれ、私にナイフを向けた人の声が聞こえて、おそるおそる、背後に視線を向けると。

 私のうしろに、黒髪の、切れ長な目をした男の子が立っていた。

 私の背中の前に伸ばした左腕が、ナイフの刃先を受け止めている、ように見えて…「え」と小さな声がもれる。