明月side


 彼女の言葉が信じられず、俺はもう一度聞き返す。
 
「日葵じゃないって…どういうこと?」
比鞠(ひまり) (あおい)。これが私の名前です。日葵じゃなくて葵って言うんです」

 日葵。

 ひまり、あおい。
 

 比鞠、葵。

 つまり、俺が彼女の名前だと思っていた“ヒマリ”は、実は苗字だったということなのか?

「私は日の葵(ひまわり)じゃなくて、ただの葵です。太陽の花なんかじゃありません」

 混乱している俺に、日葵ちゃん…じゃなかった、ヒマリちゃんはそう微笑む。
 
 俺がひまわりは太陽の、悠陽の花だって言ったから。
 だから彼女みたいな人は、俺なんかと釣り合わないって思ったのに。

 でも、本当はそうじゃなくて。
 
「…葵、ちゃん?」

 葵ちゃんは、悠陽の花じゃなくて。
 太陽を背にして、俺の方に笑顔を向けてくれる。

 それが、とてつもなく嬉しいと感じてしまう。
 
「はい、葵です。この前のことも、ヒマリが苗字だって言わなかったことも、すみませんでした」
「俺こそ、本当にごめんね。色々と、嫌な気持ちにさせたよね」

 悠“陽”じゃなくて、明“月”の花だって思ってしまってもいいのだろうか。
 
 ずっと好きだったと伝えたら、今さらだって怒られるだろうか。


 ……それでもいい。それでもいいから。
 葵ちゃんが、俺の知らなかった葵ちゃんの名前を教えてくれたように。

 俺も、今まで言えなかった気持ちを話さないと。

「……俺はいつからかな、ずっと葵ちゃんが好きだった。でも、葵ちゃんが悠陽を好きになるんじゃないかって怖くて」

 自分の気持ちを伝える最中にも、彼女の反応を伺って。届いていることは分かるのに、不安になる。
 葵ちゃんも、今までこんな心細い気持ちだったんだ。
 
 それでも、俺に好きだと言い続けてくれていたんだ。
 
「怖くて、……この気持ちから、逃げてた」
「先輩…。話してくれて、ありがとうございます」  
 
 ようやく好きと言えたのに、俺のことを先輩と呼ばれるのが嫌で。
 先輩という言葉は、広い世界の中では、俺以外の人にも使われる言葉だから。

 だから、ほんの少し、意地悪をした。
 
「葵ちゃんも、俺の名前を呼んで。悠陽と同じ“先輩”呼びじゃなくて、俺の名前を呼んで」

 葵ちゃんの言う先輩という言葉が俺を指しているのは知っているけれど。

 だけど、俺だけに向けて好きって言って欲しい。


 告白に必要な勇気をついさっき体感したのに、こんなことを願ってしまう俺は欲張りかな。
 
「…明月くん。ふふっ、なんだか照れちゃいますね」

 でも、葵ちゃんは、そんな俺を許してくれて。甘やかして。

 俺の罪悪感も打ち消すくらいの、幸せそうな表情をするんだ。
 
「好きです、明月くん」

 頬を赤く染めてそう告げた彼女の華奢な体を、壊れないように、そっと抱き締める。

「俺も…葵ちゃんが好き」

 今まで、俺を好きになってくれる人なんていないと思っていた。
 みんなみんな、俺と関わる全員が悠陽のことが好きだって。
 
 そう、思い込んでいた。

 
 だけど。




 悠陽じゃなくて、俺だけを選び続けてくれる人を、俺は──。