なんだか、登校中に曲がり角で悠陽先輩とぶつかった日みたいだ。

 あの時も明月先輩は、こうやって私を強く抱き寄せて。悠陽先輩に対して冷たい口調で話して。
 先輩に好かれているんじゃないかと思い込んでしまうからかな、この状況が嬉しく感じるのは。
 
「あの、明月先輩、」

 私の手をきつく握って、前をずんずんと駆けていく明月先輩。
 いつもより小さく見える背中に声をかけるけれど、先輩は振り向かない。
 

 もしかして嫌われてしまっただろうか。
 ………ううん、よく先輩を観察しよう。

 繋がれた手は少し震えていて、込められた強い力は私を捕まえておこうとしているようだ。
 明月先輩の背が小さく見えてしまうのは、まるで、何かを恐れているように、泣きそうに見えるから。

 きっと嫌われてなんかいない、はず。


 そこで明月先輩は立ち止まる。ここが──中庭が、目的地?
 
「ねぇ…、日葵ちゃん」
「はい、ひまりです」

 ようやく私を見てくれた先輩の表情は、先ほどまでの態度とは裏腹に、ひどく落ち着いたものだった。

 ただ、その表情がほの暗く見えるのは気のせいだろうか。
 
「日葵ちゃんってさ悠陽のこと、好きだよね」

 私が感じた違和感は本当だったようで、突然先輩はそんなことを言い出した。
 
 今まで、あんなに好きだと伝え続けてきたはずなのに。
 先輩だって、聞き流していたとしても、私からの告白の言葉を何度も聞いてきたはずなのに。
 

 私の気持ちが遊びだったと言われたみたいで悔しくて、先輩に対してどうしようもなく腹が立つ。
 息をするのにもつっかえてしまって苦しい。
 
「どうしてそうなるんですか!?? 私は、明月先輩が好きだって…」
「7月23日。何があったか覚えてる?」

 話の脈絡がなくて先輩が何を言おうとしているのかは分からないけれど、きっと大事なことだ。
 前日の晩ご飯は思い出せない私だけど、明月先輩に関することならちゃんと覚えている。


 そのために日記をつけているんだから。
 
「確か…、明月先輩の教室で悠陽先輩とお話した日ですね」
「……そうだよ。あの時も、そして今日も、日葵ちゃんは悠陽と楽しそうに話してた」

 そこで一旦、言葉を切って、先輩は私の真意を見極めるように見つめる。
 
 …そんなことしても、私の中には先輩への好意しかないのにな。


 だから、と先輩が発する、続きの言葉が聞きたくない。

「日葵ちゃんは、俺よりも悠陽といる方が楽しくて、好きなんでしょ?」
「違います」
「何も違わないよ。昨日だって、このベンチで悠陽に泣きついていたよね」
「それは…そうですけど」

 昨日のあれも見てたんですね、先輩。

 確かに悠陽先輩には割と長いこと拘束されていたから、告白の対応が終わった明月先輩が通りかかってもおかしくない。
 くそ…。昨日は過去に類を見ないほど運がなかったから……。

「ほら。日葵ちゃんは、困った時に悠陽を頼っちゃうくらい好きなんじゃん」 
「それを言ったら先輩だって…!」

 悠陽先輩が好きだって決めつけられて、明月先輩への今までの「好き」を否定されて。
 
 頭に血が上って、その勢いのまま、私は先輩に反撃してしまった。

「先輩だって昨日、告白されてましたよね」
「うん。それが何?」

 私が話し始めても、先輩の態度は変わらない。
 やっぱり、心当たりがないんだ。
 
「私が告白した時と同じ返事だったから、先輩にとって私は他の女子と同じってことですよね」
「同じ、なんかじゃ…」
 
 先輩のことは、ひとつも否定したくないのに。

 私の言葉に、くしゃりと顔を歪める先輩。瞳の奥のハイライトも少し、トーンが落ちたように見える。
 
「もしもですよ? 私が悠陽先輩を好きだとして、先輩には何の関係もないじゃないですか」
「日葵ちゃんは俺のこと、…何も知らないよ」
「そりゃあそうですよ、だって他人ですから」

 私のせいで傷ついている先輩なんて見たくない。
 でも、気がついた時にはもう、取り返しがつかないことになっていて。
 
 馬鹿だなぁ、私。こんなことを言って、先輩に嫌われない訳がない。

 
 だからこの恋もここまでだ。もう終わり。
 

 脈はあったのかもしれないけど、全部無駄にしてしまった。ううん、今まで伝えてきた告白ですら信じてもらえなかったし、最初から脈なんてきっとなかったんだ。
 
「──先輩だって、私のこと何ひとつ知らないくせに」

 どこまでも身勝手で、わがままな私は、そんな虚しいだけの言葉を残してその場を去った。
 その後の小テストはもちろん0点だった。