「うーーわっ、公立組と小中学生はもう夏休みじゃん!」
プシュー、と電車のドアが閉まる音と共に、私立高校はつらいよシーズン15が幕を開ける。
拝啓、校長先生。
7月26日の土曜日。天気は快晴。
こんな絶好のプール日和に、イチャつく高校生カップルを見ながら、至って真面目な生徒である私は、今日も電車の中で単語帳を開いています。
何故でしょう。今日、単語テストがあることを昨日の晩に知らされたからです。
何処で受けるのでしょう。うちは私立なので、土曜も学校があるのです。
誰のせいでしょう。そう、あなた。校長先生様のせいでございます。
といった具合で校長に恨みをぶつけながら、単語を頭に詰めようとした。のだが。
「えっと、couple, honey, darling……新手のいじめ??」
見たところ、今回の範囲は全部、こんな具合にリア充が溢れ返っていた。
①うちの学校の単語帳は、先生たちが作っている。
②今回の範囲だけ、いつもの範囲の50ページ後である。
③その変更も、昨日突然伝えられた。
以上の3点を踏まえて、いや踏まえなくても分かってしまう。
これ、確実に悪意あります。
「…駅着いてから、登校中の同高の生徒眺めながらやるか」
すぐにそんな考えが浮かんでしまった私も、先生たちと同様、たぶん性格が悪い。
いいもん、大切な人たちには優しくするから。
そんなこんなで電車内のリア充ムードに耐え、途中で乗り替えもして、ようやく最寄り駅に着いた頃には、車内にはお揃いの制服を着た生徒たちがため息をつきまくっていた。
この最寄り駅、終点な上に若干過疎なので、基本的にはうちの学校の生徒しか利用しないのだ。
ということは。道連れがこーんなに沢山いる訳で。ふふふ。
単語帳を音読してくれるアプリを開いて、すかさずイヤホンを耳に突っ込む。
土曜日に登校している悲しい仲間たちを、リア充単語帳を勉強するためのおかずにしてくれるわ!
あーもう、今、心の中で魔王の高笑いが聞こえた気がしてならない。
そんなやり取りを脳内で繰り広げながら曲がり角を曲がると、誰かに肩を叩かれた。
「ん? またまたヒマリちゃん。おーはよ」
「わ!! え、悠陽先輩!?!? びっくりしたじゃないですか」
「そう? ごめんごめん」
おっと、すぐに邪魔が入った。
さすがに先輩に話しかけられたしな、とイヤホンを外す。
電車の中で勉強できず、徒歩タイムでも勉強できず。
単語テストは、まさかの1時間目からという鬼畜なので、朝のうちに教室で勉強しないといけない。
今週は、テレビの星座占いでも1位だったのに。昨日からずっと、運がないにも程がある。
「それで、この単語帳! 酷くないですか、リア充具合が! ほら、ここなんてchurch, wedding, bride, marryですよ!?」
「教会、結婚式、花嫁、結婚……ほんとだ、これは酷いね」
逆にその執念が怖いってくらい、ありとあらゆる幸せそうな単語が集まっている。
本当にこれ作ったの誰だよ先生だよ。
「そうなんです。最初の方は彼氏だったのに、もう結婚しちゃってるんですよ」
「超スピード婚、ってとこかな?」
「はあっ、はあっ、2人とも、随分と楽しそうな話をしてるね。俺も混ぜて」
後ろから勢いよく駆けてきた足音が、私と悠陽先輩に追いつく。
そっと振り返ると、大好きな匂いと、ようやく会えたことへの安心感に包まれた。
明月先輩が、息を切らしてまで私を追いかけてきてくれた。
そのたったひとつの事実に、さっきまで愚痴を言っていたはずの口元が緩むのを感じる。
「明月先輩! おはようございます、でもあんまり楽しい話じゃないですよ」
「そうそう、楽しくないから」
「…悠陽。ちょっと日葵ちゃん貰う」
さっきからずっと口角が上がりっぱなしの私と対照的に、明月先輩はぎゅっと眉を寄せる。
どうしたんだろう。
普段はとても温厚な明月先輩なのに、すごく機嫌が悪そうだ。
「日葵ちゃん、行くよ」
「は、はい! それじゃあ悠陽先輩、失礼しま…」
「悠陽のことはいいから!」



