「悠陽先輩、話しかけないでください…」

 ああ、今日の私は本当に運がない。
 こんなタイミングで、知り合いに遭遇してしまうなんて。

 人に自分の泣き顔を見られるのは、目立つし、気を遣わせてしまうから好きじゃない。
 その相手が、親友と呼べる人ならともかく、ちょっと話しただけの仲である悠陽先輩だ。うわお最悪。
 
「ヒマリちゃん、そこのベンチに座ろっか」
 
 ひとりになりたいのに。
 放っておいて欲しいのに。

 泣いてる女の子の扱いにも慣れているであろう悠陽先輩は、私を半強制的に移動させる。
 
「もう私、大丈夫なので」
「大丈夫じゃないでしょ。せめて、ヒマリちゃんの目元の腫れが落ち着くまで、ここにいようね」
「…悠陽先輩にご迷惑をお掛けする訳にはいかないですし、」
「いやいや〜、うちの明月が既に、ヒマリちゃんにご迷惑してるから!」

 必死に考えた言い訳も、悠陽先輩にはあっさり跳ね除けられてしまった。
 どうしよう。他に何も思いつかない。
 
「それにしても好きな子泣かせるなんて、明月も酷い男だねぇ」
「明月先輩は悪くないんですよ」 

 というか、私は明月先輩の“好きな子”じゃない。
 
 
 最近の反応から、炭酸の泡くらいの小さな期待はしているけど。

 本人からは肝心の言葉は頂けておりませんし?

 私のことが好きだったんなら、女子の先輩を振る時に、「好きな子がいるからごめん」って言って欲しかったし。

「そっかそっか、僕の目にはますます明月が悪いように見えてきたよ」
「悠陽先輩……。近いうちに眼科に行かれるのをおすすめします」
「やっぱり面白いね、ヒマリちゃん」

 私には、悠陽先輩が明月先輩を悪く言う理由が分からない。
 鈍いとでも、馬鹿だとでも、何とでも言え。分からないもんは分からないんだ。

 でも、今は悠陽先輩の纏う楽天的な雰囲気に救われた。と思うことにする。