「…あ、の。明月くんが好きです! わたしと付き合ってください!!」

 放課後の体育館裏に、知らない女子生徒の声が響く。話し方からして、先輩と同級生だろうか。

 あーあ、最悪。

 担任である体育教師からの命令にはさすがに逆らえず、真面目に手伝いをしていただけなのに。
 何なら、さっき掃除もさせられたから、徳上がりまくってるはずなのに。

 好きな人が他の女子から告白されてるの、聞いちゃうとか本当にツイてないなぁ…。
 明月先輩は、なんて返事するんだろう。
 
「……ごめん」  
「え?」 
「気持ちは嬉しいけど、俺なんかよりもっと良い人がいるよ」

 …私が初めて告白した時と一緒だ。

 自分よりも良い人がいる、って先輩はそればっかり。

「そんな…そんな! どうして! どうして!?」 
「どうしてって言われても。どうせ、悠陽に振られたから俺のところに来たんじゃないの?」
「ちがう! わたしは、本当に明月くんが…」 
 
 自分は悠陽先輩の代わりでしかないのだという思考に囚われたまま、話す明月先輩。
 そして、明月先輩のまさかの言葉に、パニックになったのか泣き始める女子の先輩。

 2人とも、それぞれ違う表情を浮かべているけれど、どちらも苦しそうなものだった。


 自己肯定感が極端に低い明月先輩の考え方は、いつも見ていたから分かるようになった。
 女子の先輩の気持ちは、私も同じ人を好きになったから手に取るように分かる。

 はず、なのに。
 
 私だけが先輩を好きでいたかったとか。
 私だけが先輩に好きって伝えたかったとか。
 私だけが先輩の良いところを知っていたかったとか。

 そんな、醜い醜い感情が私を覆いつくす。

 
 私以外は先輩と話さないで欲しいとか。
 私以外は先輩のことを好きにならないでとか。
 私以外は先輩に好きって告白するのは絶対に嫌だとか。
 
 
 ──明月先輩は、私のものなんかじゃないのに。

 沢山の人に褒められて、肯定されて。

 それでいつか、先輩には自分のことを、少しでも認められるようになって欲しいのに。

「ここから、早く離れなきゃ…」

 そうしないと、おかしくなってしまう気がして。
 
 先生からのタスクはほったらかしにして、校舎への渡り廊下を震える足で走る。

 早く、早く、もっと遠くへ。

「あれ、ヒマリちゃ──って泣いてる?」