「急なオフとかすることなんもねぇよなぁ」
「凌久さま、たまには休息も大切ですよ」
何となくだが楓花の心も読めるようになってきた。きっとこれは『休みたい、たまには休もうよ』と思っているだろう。楓花は南雲家……いや、凌久の専属護衛ということもあってか表情や仕草から感情を読み取ることはほぼ不可能に近い。2年以上一緒にいるが喜怒哀楽、“怒”と“哀”の部分なんて特に見ることがない。
「でもさぁ、逆を言っちゃえば4人揃って1日オフってのもなかなかなくなーい?」
「それもそうだね」
「そうではありますね」
「んじゃあ瑛斗の部屋で菓子パでもしようぜ~」
「なんで俺の部屋なんだよ」
「菓子のカスで俺の部屋汚れんのマジ無理~」
俺の部屋……ねえ。厳密に言えば『俺と楓花の部屋』だろ? 凌久の寮部屋は特別仕様(本来1DKだが2LDK)になっている。で、凌久は俺ですら中に入らせないという徹底ぶりに呆れるしかない。
「凌久さま、わたしが掃除いたしますのでご心配には及びません」
「いや、掃除するとかしないとかそういう問題じゃないんだよね~」
だろうな。自分以外の男を楓花との居住スペースにあげたくないんだろ? まったく、面倒な拗らせ野郎だ。
「はいはい、俺の部屋でいいよ」
「んじゃ瑛斗の部屋で決まりな~」
「じゃあコンビニ行かなーい?」
「そうですね、みんなで買いに行きましょうか」
急遽休みになった俺達は各自休めばいいものの、結局このメンツでだべろうということになりコンビニへ向かう。
身辺警護SP専門学園、生徒数はそこそこいるが交流はほぼないに等しい。S学の生徒であるものの幻影隊は幻影隊、全くの別物でそもそも拠点が違う。S学の行事に参加することもまずない(幻影隊の稼働率が異常で多忙)。とはいえ、交流があまりないというだけであって、話しかけられれば応えるし、知り合いがいれば普通に話したりもする。幻影隊であろうがなかろうが、向いている先は同じであることには変わりない。
「うわぁ、ありゃド派手にやらてんねー」
正門付近で茉由が指差すほうへ視線を向ける俺達、その先にいたのはズタボロな姿で抱えられているS学の生徒、俺達と何だかんだ交流のあるレアケースな先輩だった。
「ははっ、おーい! なにそれ死んでんの~?」
「凌久さま、そのような言い方はお止めください」
「あぁん!? 死ぬわけねぇだろ! 俺のことナメてんのかぁ!? クソガキがぁ!」
血反吐を吐きながら吠え散らかしているのは6年(高3)の須郷彪我。
「死にかけてる奴がよく吠えるのなんのって~。んで? 怪我の状態どうなってんのそれ」
「あぁん!? 見ての通りだわ!」
見ての通り吠え散らかす元気がどこから湧いて出てくるのか謎な状態である須郷先輩を見て露骨に嫌そうな表情をする茉由。まあ、言いたいことは分からなくもないが、こればっかりは君の出番だろうとしか言いようがない。
「まあパッと見た感じ致命傷になりそうな深い傷はなさそうじゃね? 骨、内臓やられてる系だろ。いやぁザコだねえ、相も変わらず」
「こんのクソガキっ」
「あぁはいはい、喧嘩しないでうるさい。で、なーにあたしに治せって言いたいわけー? はあ、別にいいけどさー。須郷せんぱーい高くつきますよー? あたし今日オフなんでー」
「おいおい茉由、そう言ってやんなって哀れすぎるだろ須郷センパーイが。ザコなうえに安月給とか目も当てられん、惨すぎて~」
「凌久茉由、先輩をいじめるのはあまりよくないよ」
俺達が生意気だの礼儀がなってないだの散々言われている所以はこれである。礼儀作法がなっている楓花ですら俺達のせいで一括りにされているのは少し申し訳ないが、楓花は他人からの評価というものを気にするようなタイプでもない。楓花が重要視しているのはいつだって横暴で絵に描いたようなクズで俺様な御曹司、南雲凌久のただ1人だけだ。
「あぁん!? 哀れって誰のこと言っとんだゴルァァ!!」
「ははっ、弱い奴ほどよく吠えるってかぁ?」
「凌久さま、先輩に対して失礼ですよ」
「おい! クソ坊っちゃんの番犬ゴルァァ! 躾がなってねぇぞどうなっとんだオルァ! ちゃんと躾とけや!」
「申し訳ありません。わたしは“躾られる側”なのでそれは致しかねます」
顔色一つ変えずに淡々とそう言った楓花に荒くれた須郷先輩も言い返す言葉が見当たらなかったのか「そうかよ」と呟き静かになった……というより気絶している。
「記念撮影しとこうぜ~」
「凌久さま、お止めください」
「まぁまぁその辺にしておきなよ凌久」
「ちぇっ、つまんねぇの」
「あ、あのぉ……もう医務室へ運んでもよろしいでしょうか……?」
「あぁはい、あたしも行きまーす。じゃ適当に買っといてよ、あとで合流するわー」
自他を治癒する能力に長けている茉由は、医療系ドラマが好きってだけで縫合などもプロ顔負け。第一線でも戦えるオールラウンダー的な存在。
「ったく、ザコが無理すっからああなんだよ、アホか」
「凌久さまはお優しいですね」
「くくっ、楓花に同意」
「あ? 別にそんなんじゃねぇし~」
凌久は意外と仲間思いな男である。横暴で絵に描いたようなクズで俺様なボンボンだけれど、俺は君の強さを知っている。これは単純な話ではないさ、物理的な強さだけでは凌久を語れない。
君をとても誇らしく思うよ、俺の親友だからね。



