「“東京都南区○○中央公園駐車場内にて誘拐容疑事案発生! 14時25分頃、東京都南区○○中央公園駐車場内にて女性誘拐容疑事案発生! ”」
警告音と共にコントロールルーム内で繰り返されるアナウンス。どうやら谷繁副隊長の予知が当たったらしい。
「うわぁ、まじでビンゴじゃーん。南雲と楓花連れて戻ってきて正解だった感じー?」
「あの人の予知は90%以上の確率で的中すると思っていたほうがいいね」
わたしと凌久がサボるならあたしらもサボっちゃおうよ~という魂胆だった茉由と瑛斗が谷繁副隊長とすれ違った際に「誘拐容疑事案が発生する……と思う。その任務、君達が抜擢される……と思う」と呟いて去っていったんだとか。谷繁副隊長は根暗な感じで陰キャっぽさもあるけど、あの人戦いになると狂ったように人が変わるのよね。さすが第1部隊の副隊長と言うべきか、“戦闘狂集団”と呼ばれている第1部隊の一員なだけある。
「おお、タイミングいいじゃねぇか賜賜組よぉ」
こっちを向いた二輪さんは煙草を2本咥えてて、ヘビスモって末期になると2本吸いとかするんだぁ、依存って怖いなぁなんて思いつつ、モニターに視線を移した。
「楓花」
「はい、なんでしょう凌久さま」
「グダるのだりィから意識的に記憶しといてくれ」
意識的に記憶、これは些細なことも見落とすことのないよう記憶しとけってこと。わたしの瞬間記憶フォトグラフィックメモリーは、意識するのとしないとでは圧倒的な差がある。
「御意」
「んで? 監視カメラはどうなってんの」
凌久の問いでキーボードを打つ音がコントロールルームに響く。
「○○中央公園およびその周辺の監視カメラのリアルタイム映像です!」
「すみません、14時25分頃の映像もつないでください」
「了解! ……事件発生時の映像出します!」
わたしの指示に素早く対応してくれたのは非能力者の田附さん。高度なITスキルでわたし達のサポートをしてくれている。
田附さんが出してくれた映像は中央の大きなモニターで流れ、加害者らしき男性と被害者らしき女性が普通に喋りながら歩いているようにしか見えない。
「ええ、知り合いてきな感じじゃなーい?」
「どうだろう、喋っているからといって知り合いとは限らないんじゃないかな」
「痴情のもつれとかクソくだらねぇことだったらはっ倒すぞこいつら」
わたしが瞬間記憶の能力を意識的に使う時、イメージは対象をカメラで撮影するような感覚、カメラのシャッターを切るように、わたしはまばたきをする……みたいな。カメラで撮影するように記憶するため、詳細な情報を高精度に保持することができる。視覚情報の処理能力が他より非常に高く、記憶した情報を頭の中で写真のように鮮明に呼び出すことが可能。
「「「「あ」」」」
男がハンカチを取り出して女の人の鼻と口を塞ぐとぐったりして車に詰め込まれてしまった。その車はそのまま駐車場から出ていく。
「田附さん、映像を40秒ほど戻して手元を見やすいよう拡大してもらえませんか」
「え? あ、はい! ……これでどうですか?」
「ありがとうございます」
あのハンカチ、どこかで見たような……なんだったっけ、かなり前のことだったような……。
「どうした楓花、あのハンカチ見覚えあんのか」
どうやら声に出していたみたいで、わたしの小さすぎる独り言すらしっかり拾ってくれる凌久に驚きながら見上げると、じっとわたしの瞳を覗き込んできた。
「気になることあんの?」
凌久の端正な顔立ちが至近距離にあって、さすがのわたしもたじろぐ。
「あ、ああ……はい。少しお待ちください」
わたしの脳内は今、スマートフォンで写真を閲覧しているような状態。無数の記憶をただひたすらにスクロールして該当する情報を探索する。アマビエのイラスト……ハンカチ……あ、あった、あった! これだ!
「9年前のハンカチ落としましたよ事件です!」
「「「ハンカチ落としましたよ事件?」」」
「……ああ、たしかあったなぁそんなの。警察関係者の間じゃアマビエ厄落とし事件~なんて言われてたぜぇ?」
二輪さんがそう言いながら煙草に火をつけてフーッと吐き出すと、天井に設置されてある大きな換気扇に煙がゆっくり吸い込まれていく。
アマビエ厄落とし事件、厄落としてのわざとハンカチや指輪などの身の回りのものを落とすことで、厄を落とすことができるという言い伝えがあって、本来この際、落とした後に後ろを振り返ったり、人に気づかれたりしないようにするのが良いとされているらしくて、9年前のハンカチ落としましたよ事件は、わざと女性の近くでハンカチを落として「ハンカチ落としましたよ」と声をかけてくれた女性をターゲットにしていた。たまたまこの犯人が厄年だったこともあって警察関係者の間ではアマビエ厄落とし事件と呼ばれている……というニュースを9年前にテレビで観た。
「加害者の名前は算米吉だったはずです!」
「サーチかけます! さんよねきち……データベースにヒットしました! 算米吉50歳、9年前未成年者を誘拐し、性的暴行を加えたとして執行猶予なしの実刑を受けています! 刑期を終え、先月出所したばかりのようです!」
この事案が幻影隊に回ってきたということは、おそらく被害者が要人関係者な可能性が高い。命は平等だとか言うけれども、所詮はこういうこと。これがただの一般人誘拐事件なら、きっと幻影隊には回ってこない。綺麗事じゃないということだ、この世界は。
「マル被はその男でほぼ確じゃなーい?」
「いや、どうだろうな」
「模倣犯の可能性もあんじゃねえ?」
あの被害者女性、はっきり顔は映ってないからあれだけど、見たことがある。
「二条由乃」
「あぁ? 二条由乃~? 誰だそれ」
誰だそれって、有名な財閥の令嬢ですけど。ま、凌久は興味ないだろうけど。あと、常人じゃ到底聞き取れないであろうわたしの小声を当然のごとく聞き取るのはやめて。
「二条財閥のご令嬢ですよ」
「ああ、その二条ね~。興味ねえけど」
「マル害の情報が入りました! 二条由乃17歳、都内の女子学院中学高等学校在学──」
二条由乃は両親の意向で顔出しをしていない。そして本人も顔出しはNGだと公表している……が、4年ほど前に二条財閥の特集か何かの生放送でチラッと映ってしまった女の子と連れ去られた女性が何となく似ているというか面影があって二条由乃なんじゃないかって思ったらビンゴだった。何気なく見てるものでも瞬間記憶のおかげでちゃんと脳内に残ってるんだよね。
「マル被の車両ナンバー照会します!」
「いやぁ田附さん、それ意味ないんじゃなーい?」
「茉由の言うとおり、どうせ天ぷらだろ~」
凌久のいう天ぷらは、実際とは異なる登録情報を持つ不正なナンバープレートのことで、他人のナンバープレートを盗んだり偽造したりして自身の車に取りつけたり、そもそもが盗難車に偽造ナンバーを取りつけてる可能性が非常に高い。
「うーん天ぷらか……いいね、任務終わりに天ぷら蕎麦でもどうだ?」
いや瑛斗、危機感よ。
「Nシステムで該当車両追跡します!」
「あ、それもうこっちでやってるっすよ~、はいっと」
厚いレンズのメガネをかけている赤井さんがモニターの映像を切り替え、中央モニターに映し出されたのはパチンコ店の駐車場に入っていったマル被の車両。
「ワンチャン誘拐した女の子とパチ屋デートっすかね~」
「んなわけねぇだろ瓶底メガネ」
「にしても車の出入り多いねー」
「ここ優良店だなんだと言われているからな」
パチンコ店の駐車場に逃走車を用意しておいて撹乱させようって魂胆ね。
「ま、何でもいいけどさっさとしねぇとグチグチうるせぇんじゃねぇの~、クソ年寄り共は小声言うくらいしかすることねぇから」
「ははっ、口だけ達者の老害ばっかでウケるよねー」
「凌久茉由、そんな言い方はよせ。あんな人達でも昔は少なからず活躍していただろう先輩方なんだ」
いや瑛斗、たぶんそれフォローになってないし何なら一番タチ悪いよ。
「二条のご令嬢が誘拐されてる時に悪いんだけど~、僕これからデートだから賜賜組よろしく~!」
私服に着替えて煙草を咥えながら根城を出ていった天海隊長。“これから女抱いてきます”オーラが滲み出ててかなり色っぽかった。クズだけどありゃメロいわ、なんて思っていると盛大な舌打ちが聞こえてきた。その舌打ちの主はもちろん凌久。
「ったく、クズがよ」
それ、おまえが言うか。あんただって散々女遊びしてるでしょ? 第1部隊にはクズがふたり(天海隊長と凌久)がいて、わたしはこのふたりを“Wクズ”と呼んでいる……もちろん声に出して言えるはずがないから心の中で。
「んじゃ行ってこい賜賜組、ヘマしたら殺すぞぉ~」
二輪さんがいうヘマとは、誰一人欠けることなく生きて帰ってこい……ようは『死ぬなよ』ということ。ま、任務失敗も許さねぇぞって意味合いももちろんあるけどね。
「「「「了解」」」」
出動準備を終えたわたし達が根城から出ようとした時だった。
「第2部隊 狗飼隊長から着信です! 繋げます!」
〔ああ、二輪さん聞こえてます~?〕
〔おお、聞こえてるぞぉ〕
〔さっきの無線の件、パチ屋にぽいのおったんで取っ捕まえときましたわ~。マル害も無事です~、名前も二条由乃言うてますし解決ちゃいます~?〕
“ぽいの”ではなくおそらく“それ”です。
〔おうおうマジか。いやぁ、狗飼すまんなぁ休日によぉ〕
〔いえいえ~、たまたまおっただやしかまいませんて〕
〔悪いなぁ、んじゃ頼んだぞぉ狗飼〕
〔了解、んじゃ失礼します~〕
「ってことで賜賜組の出番はねえ。つか賜賜組、最後に休んだのいつだ?」
「「「「41日前」」」」
まあ、1日休みだったのが41日前ってだけでさすがに午前中休み~夕方から休み~とかはあるよ?
「そりゃやべぇな、今日は休め」
かくして急遽休みを与えられたわたし達、どう過ごす……?



