完全にやられた、何者かに囲まれている。

「瑛斗茉由、気づいてる?」
「ああ」
「なんか狙われてんねー」

 これはわたしのミスだ、狙いは凌久だろう。わたし達が人質にされているという最悪なパターン。さて、どうする。わたしは1秒でも早く凌久のもとへ向かいたい。

「殺っちゃっていいのか?」
「いや、待ってください。なるべく戦闘は避けたい、凌久さまの安否が……」
「んじゃかたつくまでのらりくらりでー」
「それでいこうか」
「申し訳ありません」
「そもそもあたしらのせいで南雲身動き取れなくなってるだろうしー」
「そうだね、申し訳ないのはこっちだ」

 瑛斗も茉由も本当にいい人で仲間思いの人達。わたしは守りたい、大切な人達を。誰にも壊させない、誰にも奪わせやしない。

「わたしは凌久さまを奪還しに行きます」
「はいはーい」
「ここは任せて、凌久を頼んだよ」

 2人に背を向けわたしは凌久のもとへ向かった。追っ手が来るかなと思いきや誰も来る気配がない、なんでだろう。舐められてる? たかが女、たかが番犬だろうって。まあ、それはそれでいい。
 先を進み、わたしの視界に飛び込んできたのは女の人に抱きつかれている凌久。月明かりに照らされ、その姿がはっきりと確認できた。

「凌久さ……ま……」

 凌久の頬から血が出ている、それを見た瞬間全身の血が沸騰して煮えたぎる。体温が上昇してどくんどくんと心拍数が跳ね上がる。

「その人に触れるな」
「えぇ? やきもち♡?」

 そんな単純な感情ではない。わたしは凌久の体を傷つけられたことに腹立ってんだよ。

「聞こえないですか? “その人に触れるな”」
「なに、番犬の分際で。てかお仲間はどうしたの? 放ったらかしにして来た? えぐぅ」
「心配ご無用です」
「死んじゃうわよ~♡?」
「はは、笑わせないでください。三下ごときにやられることは決してありませんのであちらはお任せしてきました」
「「あんたみたいな女が一番嫌い」」
「あぁそうですか、奇遇ですね。わたしも嫌いです、三下の女は」
「いいかげんにしなよ、坊っちゃんがどうなっていいわけ?」

 凌久にナイフを突きつけ人質だぞってドヤ顔している女に腹が立つ。

「そんな汚い手で凌久さまに触れるな」
「ええ? だっていい男だもの~♡」
「おい楓花~、そうカッカすんなって」
「ははっ! 飼い主に言われてやんの~」
「で? あいつらどうなの」
「ええ、何ら問題ありません。ですからさっさとその人達をなんとかしてもらえませんか? 不快です。凌久さまがやらないのであれば、わたしがやりますけど」
「そ、じゃあ俺もう自由に動いていいか?」
「はい凌久さま、思う存分に」

 わたしがそう言うと、ニタァとほくそ笑む凌久。秒で制圧していく様は圧巻で残党ひとり残らず失神、「ザコばっかでつまんね~」と不満を漏らすバケモノ(凌久)。

 瑛斗達のもとへ戻ると2人は喋りながら敵の攻撃を躱して遊んでいた。

「戻ってきたね、おかえり」
「じゃあもうやっていー? さすがに飽きたー」
「どうぞ」
「俺はパース。ザコすぎて相手したくねえ」

 わたしと凌久はただ傍観するだけ、茉由も瑛斗も余裕綽々だし手出し無用というやつ。

「お前大丈夫かよ」
「え?」
「顔色悪いぞ」

 そりゃ凌久が怪我してたから焦るでしょ……もうどっと疲れた。

「問題ありません」
「嘘こけ」
「凌久さまこそお疲れでしょう」
「あ? 全然~」
「──嘘つき」

 思わず出てしまった言葉をなかったことにはもうできない。だって、疲れてないならなんであんたの頬に傷がつくのよ。疲れてるから結界を解いたんでしょ? 普段の凌久ならそんなこと絶対しないじゃん。

「悪い」
「いえ」
「いや、違うか。ありがとう、だな」
「……」

 え、頭強打した?

「間抜けヅラ、もう言わねぇぞ」
「え、あ、はい、こちらこそありがとうございます?」
「つーかお前さ、俺のこと好きだろ」

 はい?

「えっと、お慕いしておりますが……」
「いや、そうじゃなくて。お前絶対俺のこと好きだろ」

 ん?

「それはどういう……?」
「確信した、お前は俺のことが好きで仕方ないって」

 なにいってるの、この人は。

「もう我慢すんのやめた」
「え」
「楓花好きだ」
「ちょちょっ! りっ、凌久さま!?」

 キスを迫ってくる凌久の顔面をぎゅうぎゅう押し退けるわたし。

「ちょっとなにしてんのー? 南雲」
「節操のない男だな、凌久は」
「たっ、助けてください!!」


 この日を境に凌久の好き好きアピールが激しさを増し、毎日毎日求愛される日々を送ることになった。
 實森先輩は一命を取り留めて、犯人も逮捕された。この事件に柘植廉が一枚噛んでいたらしく、余罪はまだまだ出てきそうだ──。


「楓花っ」
「だめです」
「まだ何も言ってねえじゃん、好き」
「あの、凌久さまっ」
「キスしてい?」
「いけません」

 あぁもう、先が思いやられる。

「ならキスして?」
「しません」

 今日も今日とてお坊っちゃまの護衛はおまかせあれ、猫かぶりなわたしはこれからもずっと幼なじみを華麗に欺いてみせる──。