「あっれぇ? なに君らサボり~?」
あ? 誰だっけこの女。楓花以外の女は似たような顔してっから覚えらんねぇんだよなぁ。とくにザコはそこらにいるモブでしかねえ。
「凌久さま。あのお方は第3部隊の隊員4年生の大宮先輩です」
人を覚えようとしねぇ俺に毎度のことながらボソッと囁く楓花。
「いつ見ても不釣り合いだねぇ、君らは~」
「あ?」
「大宮先輩おはようございます。凌久さまと不釣り合いなのは至極当然のこと。わたしに限らずどなたでもです」
「ははっ! 相変わらず気ィ強いねぇ、番犬ちゃん」
楓花が不釣り合い? テメェの目は節穴か? そんな目ん玉いらねぇだろ、二度と何も拝めねぇようにしてやろうか?
楓花を平凡だの普通だの何だのかんだの言ってる奴らはなんっも見えてねぇんだな。こんなに可愛いくて綺麗な女そうそういねぇだろ。腐ってんのか? テメェら視力。
ま、楓花がいい女ってことはこの俺だけが知ってりゃいい。
「この程度の煽りをいちいち真に受けていては凌久さまの護衛は務まりせんので」
「もぉごめんて、怒んないでよ~。はいこれ出張のお土産~」
個装されているフルーツ大福を楓花に渡して去っていくモブ女。
「ちっ。モブの分際で誰の護衛にケチつけてんだ、クソがよ」
「凌久さま、モブではなく第3部隊の隊員4年生の大宮先輩です」
「知るか、ザコなんざ興味ねえ……ったく寄越せそれ」
「ちょっ」
楓花の手からフルーツ大福をかっさらい包装を破って口に入れようとすると、俺の手を強く掴んで止めた楓花を見下ろす。すげぇ剣幕で俺を睨みつけていた。
「凌久さま、人様からいただいた物はわたしが確認した後に飲み食いなさってください」
「あ? 別に大丈夫だろ、手作りってわけでもねえんだし」
「そういう問題ではありません」
楓花は俺の専属護衛になるため様々な訓練を行ってきた。こいつを隣に立たせることを望んだのは俺だ。だが、好きな女にこんなことをさせたかったわけじゃねえ。
「はあ? 心配症かお前は。つーか逆に聞くけどよ、これに毒が仕込まれたらどうすんだ」
「その可能性がある以上わたしが確認をっ」
「それが気に入らねえっつってんだ」
俺は、お前にそんなことをさせたかったわけじゃねえ。万が一があったらどうすんだよ、なんで自分を守るためにお前を犠牲にしなきゃいけねぇんだ。俺は自分の命よりお前のほうが大切なんだっつうの。
「気に入らないとはどういう意味でしょうか」
気に障ったのか反抗的な目で俺を見上げている楓花になんでお前がそんなに怒ってんだよと苛立ってくる。怒りてぇのはこっちなんだよ。
「お前は余計なことすんな」
「余計なことではありません」
「これは命令だ」
「ですがっ」
「おい、いいかげんにしとけよ。聞き分け悪ィ、一回で聞き取れ。同じこと二度も言わせんな」
楓花がどんな訓練をしてきたか、俺は分かっている。こいつが弱ぇ女じゃないってことくらいちゃんと知っている。だが、それとこれとは話が別だ。俺はお前は守るために傍に置いてんだから。
「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」
「あ?」
「凌久さまは、わたしと間接キスするのに抵抗がある……と、そういうことですよね?」
ちげぇよ、そこじゃねえんだわ。だいたいお前口つけねぇじゃん。ストローだのスプーンだの箸だの何だのかんだの4次元ポケットばりに色々取り出すじゃん。
「ご心配なさらず。フルーツ大福を切る糸もちゃんと用意してありますので」
いや、ご心配してんのはそこじゃねえんだけど。
「おいっ、おまっ!」
手袋をはめて俺からフルーツ大福を奪うとちゃちゃっと大福を糸で切って匂いを嗅いで試食する楓花。
「どうぞ、凌久さま。異常はありません、とても美味しいフルーツ大福です」
「……ああ、そりゃどーも」
有無を言わせぬ速さと満面の笑みに言い返す気も失せる俺。
「おーい、仲良くなんか食べてるところ悪いんだけど緊急任務だってさー」
その声に俺と楓花が振り向くと、茉由と瑛斗が軽く手を振っていた。
「また甘いものを食べているのか。糖質の摂りすぎは思考が鈍るぞ? 凌久」
「小野田君、凌久さまの食事管理もわたしが徹底しているので問題はありません」
「つーか俺はいちいち管理なんてされなくてもお前らとは造りが違ぇんだよ。で? 緊急任務ってなんだよ」
どうせくだらねえ任務だろ、そんなもんザコ共にやらせとけっつーの。ったく、このまま楓花といちゃこらして過ごす予定が台無しじゃねぇかよ。
「誘拐だってー」
「こらこら茉由、まだそうと決まったわけではないだろ。だが、谷繁副隊長の予知だ。一旦コントロールルームへ戻るぞ凌久楓花」
「へいへーい」
「了解です」
はぁ、楓花はこの手の任務やる気あるんだよなぁ。ま、楓花らしいっちゃらしいけど。誘拐は基本、生物学的に弱いのが狙われやすい……要は女や子供や年寄りってわけ。楓花はそういうの許せない質なんだよ。
「しゃーねぇな、とっとと捕まえて二度とそんな気ィ起こさねぇように死ぬほど痛めつけてやろうぜ~」
「ははっ、ウケるー」
「また上層部に怒られても俺は知らないぞ」
「上層部の前に二輪さんの鉄槌が下りますよ、シャレになりませんのでお止めください凌久さま」
そう言いながら呆れた顔をして俺の隣を歩く楓花にフッと鼻で笑うと「笑い事ではありません」と睨みつけてくる。それがどうしようもなく愛おしなんて、どうかしてんのかね? 俺。



