「君、見かけない顔だね」

 お手洗いを済ませて戻っている最中、後ろから声をかけられて振り向くとそこにいたのはアイドルのような爽やかさが際立つ生徒会長── そして今回の黒幕である柘植廉だった。

「こんにちは」
「ごめんね? 驚かせちゃったかな?」
「いえ」
「君何年生?」
「1年です」
「いやぁ、僕全校生徒の顔把握してたつもりなんだけどなぁ」
「そうなんですね、いましたよ前から。では失礼します」
「あ、ちょっと待って?」

 わたしがS学の生徒で幻影隊の人間だってことを知られているのかどうか、とりあえずマスクでギリなんとかなっていることを祈りたい。

「なんでしょう?」
「理事長が警察関係者が来るかもしれないとこの前言っていてね」
「へえ、そうですね」
「その話は勘違いだったよ~とか言ってたんだけど……もしかして君だったりする?」
「? なんのことだか」
「ああ、ごめんごめん。ちょっとした好奇心ってやつでさ、不快に思わせちゃったかな?」
「いえ」
「それにしても君、綺麗だね」
「ちょっ」

 ぐっといきなり距離を詰めてきた柘植廉を避けたかったけれど、人の咄嗟の動きって反射神経とか露骨に出るから敢えて鈍い女を演じる。それにしても距離感バグりすぎでしょ、こいつ。

「おっと」

 倒れそうになる(わざと)わたしを支えるのはもちろん柘植廉。

「す、すみません。あの、さすがに近くないですか?」
「あぁははっ、ごめんね? 距離感うまく掴めないタイプなんだ僕」
「そんなんですね」

 早く戻りたいんですけど、凌久にぐちぐち言われそうだし。なんて思っていたら超絶不機嫌オーラを纏っている凌久とにこにこ微笑んでいる瑛斗、この状況を楽しむ気しかない茉由の登場。

「おせぇ、何してんだよ」
「すみません」
「で、お前なに」
「え、僕?」
「お前しかいねぇだろ、無駄なレスポンスしてくんじゃねえ」
「生徒会長だろ、忘れたのか?」
「ああ、男に興味ないでね~」

 凌久は興味ないと本当に覚えないからな、人の名前も顔も。

「君のお友達?」
「はい」
「へえ、見かけない顔ぶれだけど……気のせいかな?」
「じゃねぇの? 記憶力カスいな、会長さんよ」
「えぇ会長ひどーい、あたしのこと忘れるなんてー。あんな激しいのシたくせにー」
「ははっ、それは酷いなぁ。思い出させるためにもう一度シてやったらどうだ」

 茉由瑛斗、そのノリはやめなさい。

「いやぁ、僕そういう遊びはしないんだよ。一途だからね……その子みたいに純粋そのもの」

 わたしを指差してにこっと微笑む柘植廉を睨みつけている凌久の拳が飛んでいかないかヒヤヒヤする。

「はっ、その化けの皮が剥がれるのも時間の問題だな」
「なんのことだろう? じゃあ僕はこの辺で」

 わたしに微笑んで手を振りながら去っていった柘植廉、そして凌久の怒りの矛先はもちろんわたしに来る。

「お前さ、馬鹿なの」
「申し訳ありません」
「アホじゃね?」
「すみません」
「もっと警戒しとけよ、なに絡まれてんの? 絡まれてんじゃねぇよ」
「申し訳ございません」

 あそこでスルーするほうが怪しいでしょ、だいたいわたし達不法侵入してるんだよ? 怪しまれたら終わりでしょ。

「まぁその辺にしておけ凌久」
「つーかお前あんなのがタイプなの?」

 はい?

「いえ」
「ヘラヘラしやがってよ」
「それ南雲が言うー? あんたもさっきヘラヘラしてたでしょー」

 茉由、もっと言ってやって。

「してねぇし」
「まぁもういいだろ。とりあえずこの4人での行動するのはやはり目立つし効率が悪い、また二手に分かれよう」
「だったら俺と楓っ」
「んじゃ、あたし南雲と組むわ」
「は!? いや、なんで俺が茉由なんだよ」
「じゃあ俺は楓花と」
「おい、何勝手に決めてんだハゲ!」
「はいはいほらほらー、行くよー」
「おいちょっ、茉由! おいって!」
「手塚さん!?」
「南雲に護衛やらせるわー、んじゃ、また後でー」

 あれこれ文句を言ってる凌久を無理やり引っ張っていった茉由。
 今のところ敵意も感じないし大丈夫だろうけど、まともに寝ていないのに能力発動させっぱなしだし、色々鈍ってないといいんだけど……ちょっと心配だな。まあ茉由もいるし問題はないだろうけど。

「心配か?」
「え? あぁまあ、そうですね」
「ははっ、心配性だねぇ君達は。少しは離れないと疲れるだろ。茉由が気を遣ってくれたんじゃないか?」
「ですね」
「ところで盗聴器は仕掛けられたのか?」
「ええ、ばっちりです」
「ははっ、怖いね」

 さっき接触した時に小型のGPS付きの盗聴器を柘植廉に仕掛けた。とりあえず大事になる前に撤収したんだけど、凌久が引き下がらないだろうなぁ。