結局、軽く緊急任務が入ったりしてほぼ寝れず仕舞いで現地へ向かい瑛斗と茉由と合流した。
「凌久さま、大丈夫ですか?」
「あ? なんの心配だか~」
「少し痩せたんじゃないか? 2人とも」
「とか言ってるあたしらも痩せたけどねー。ていうかこの業界にこんな繁忙期なんてあったっけ、まじ死ぬわー」
繁忙期なんてものは基本的にない、まあ犯罪件数が増える時期っていうのはあるっちゃあるけど、こんなにも激務だったのは初めてだった。この1週間ほぼ寝てないし、凌久なんて能力使いっぱなしだし本当に大丈夫なのかな。
「今日は理事長に挨拶をしに行って後は自由にしていいらしい」
「まじー? じゃあ適当になんか食べて遊んで寝よー」
ブレザー姿の茉由と凌久はビジュが爆発しててやばい。わたしと瑛斗はスーツだからいつもと大して変わらない。
「制服、とてもお似合いですね」
こういう時はちゃんと褒めてあげないと拗ねるのよね、この人。
「まっ、俺だしな」
「凌久さまは何を着てもお似合いで羨ましいです」
スタイルいいですね、かっこいいですね、と遠回しに言ってあげると喜ぶの、この人。
「まぁな~」
まあ実際スタイルいいしかっこいい。ほんっと見た目“だけ”は良き。
「では学校のほうへ向かいましょうか」
「そうだね」
「行こ行こー」
「あー、うん」
「? 凌久さまどうかしましたか?」
わたしの首元の辺をじっと見て、なんか不満げな凌久に疑問符が飛び交う。
「あの、凌久さま?」
覗くように凌久を見上げると顔を鷲掴みされたわたし。
「近ぇ」
ふとキスしたことを思い出し、凌久からすかさず離れた。
「申し訳ありません」
「ん」
一定の距離って大切、咄嗟に守れる範囲ってだいたいこのくらいかな? なんて計算しながら凌久との間にちょっとした距離を保ちながら歩く。
「はぁ、お前さ……馬鹿なの? 極端すぎね? 離れすぎだろ、ちゃんと隣にいろ」
「あ、ちょい待ちー。ボスから着信、テレビ電話だわ」
応答ボタンを押してスピーカーにする茉由、わたし達は茉由のスマホを囲うようにして覗き込む。
〔おう全員揃ってるなぁ。いやぁマァジで悪いんだけどよぉ、潜入捜査は中止だ〕
〔あ? 中止ってなんだよ〕
〔えぇ、ここまで来たのにー?〕
〔中止だと?〕
わたし達が請け負った仕事でこういった類いの任務が中止されたことはない……けど、圧力がかかって中断したことがあるって天海隊長や他の部隊の先輩達もちらほら言ってた。
〔上からの圧力ですか?〕
わたしの言葉に煙草を吸って深いため息混じりの煙を吐き出す二輪さんを見て確信した。
〔正解だ。わざわざ行ってもらったのに悪いなぁ、賜賜組。詫びと言っちゃあなんだが、今日明日オフにしてやっから楽しんでこいよぉ、じゃあな~〕
〔〔〔〔了解〕〕〕〕
二輪さんとの通話を終え、沈黙が続くわたし達。
「とりあえず腹減らね?」
「そうだね、何か食べながら考えようか」
「さんせーい」
「どこにしましょうか、この辺りだと──」
えーっと、あのさ、わたしを挟んであーだこーだと言い合いをするのやめてくれないかな。
ファミレスに向かうべくタクシーに乗車したわたし達。なぜか高身長がっしり体格な男2人組(凌久と瑛斗)に挟まれながら後部座席にいる。茉由は知らん顔して助手席に座ってるし。
「前行けよ、暑苦しい」
「君が行けばいいだろ」
2人ともブツブツネチネチとうるさいし、喧嘩が勃発したら面倒だからわたしが宥めなきゃいけないし、いいかげんにしなさいよ子供でもあるまいし。
「なにお前、そんな楓花の隣に座りてぇわけ? きっしょ、女に飢えてんの~?」
いや、それあなたが言えるセリフですか。あなたこそ女に飢えているのでは? 取っ替え引っ替えしてますし。
そもそも瑛斗だって女に困るようなタイプじゃないじゃん、逆にモテすぎて困るっていうのはありそうだけれども。
「ははっ、楓花のことになると随分と器が極小になるみたいだね。ちなみに俺は君と違って相手を選ぶんだ。穴があればいいみたいな思考の持ち主と一緒にしないでくれ」
「はっ、穴がありゃいいだろ別に。処理でしかねぇのに」
「あんたらの会話きしょすぎー」
「凌久さま小野田君、そのような会話はお止めください」
「つーかこいつは俺のものなの、分かるか?」
「歪んでるね」
「あ? 勝手に言ってろ言ってろ~。別に他人がどう言おうがどう思おうが俺には関係ないんでね~」
はぁもう、なんなのこの人達。仲いい時はとことんいいのに悪い時はとことん悪いんだよね。
「あんた達ケンカップルなのー? ひたすらガミガミ言い合ってさー、ラブラブじゃーん? ウケるー」
結局続いたケンカップルの言い合いの間に挟まれていたわたしはもうぐったり。
「で、どうするのー」
「今日明日旅行を楽しんで大人しく帰るのもありだね」
「いや、なしだ」
「凌久さま」
凌久の性格上、上からの圧力っていうのが相当気に入らないんだと思う。
「なしってどうするのー、潜入とかもう無理じゃーん」
「凌久、潜入はいいとして今日明日でかたをつけられるか、が問題だぞ」
「まぁなるようになるっしょ」
「凌久さま……」
そしてわたしは茉由に予備のブレザーを借りて着替え、瑛斗は凌久から予備のブレザー借りて着替え── 潜入捜査先の高校へ現着。
「あの、本当に大丈夫でしょうか」
「別に大丈夫だろ、生徒数多いしな~」
「バレそうになったら逃げればいいさ、俺達を捕まえられる奴はそうそういないだろうし」
「楓花ー、南雲じゃなくてあたしの護衛してよー。こいつらなんてほっといても死なないでしょ、殺しても死なないって」
「もちろんわたしの大切な仲間なので全力でお守りいたします。わたしから離れないでくださいね」
「俺の護衛疎かにすんなよ~」
守ってもらう気なんてさらさらないくせによく言うよ。
「もちろんです、お任せください」
「まっ、お前に守ってもらう必要なんてねぇけど」
「ははっ、素直に楓花を守りたいって言えばいいだろ?」
「俺は守ってもらう必要がねえっつったんだけど日本語分かる~? 守りたいなんて一言も言ってねえけど?」
「守りたいんだろ? というか守ってるじゃないか、いつも」
「そりゃ死なれたら夢見悪いんでね~。そもそも瑛斗と違って俺は余裕があんだよ、如何なる時も~」
「ははっ、よく言うよ」
あの、いがみ合ってないと息できないの? 死ぬの? 普通に仲良くしてられないわけ? ほんっとうるさい、もう黙って。
── 無事、敷地内に潜入成功
「とりあえず目立つし一旦二手に別れよー、あたし楓花と行くわ」
「あ?」
「別にいいじゃーん、はいさようならー」
ごり押しでわたしを奪い去った茉由、きっと不機嫌になっているであろう凌久を宥めているのは瑛斗だろうな、ごめん。
「あいつらまじダルすぎー」
「はは、凌久さまがすみません」
「いやー楓花が謝ることじゃなくなーい? むしろ一番の被害者は楓花だよねー、どんまい」
「いえ、そんなことは」
下校時ということもあって人の行き来が多いけれどとくに気になられてる様子はない……と言いたいところだけど、マスクをしたとて茉由の美貌は隠しきれるものでもなかった。「あんな可愛い子いたっけ」「くそ美人じゃね?」「あの子何年?」などなど。
「ちょっと人気のないほうへ行きましょうか、騒ぎになると困るので」
「はーい。てか楓花ってさぁ、それがまじな素なの?」
「はい、そうですよ」
ごめん、茉由。でも許して、そもそもどっちのわたしもわたしだから。
「そっかー。てか南雲とはどうなってんの? なんか進展あった?」
「え?」
「いやー、なーんか雰囲気がさー? ぶっちゃけヤった?」
発狂しそうになったけどなんとか抑えれてよかったぁ。
「そんなのありませんよ。わたしと凌久さまはただの幼なじみで……」
ただの幼なじみ、だったはずなのになんでキスなんてしてくるのよ、あのクソお坊っちゃまは。
「南雲のことなんとも思わないのー?」
なんとも思わないの? か。うーん、なんとも思わなくはないよ? だって大切な存在ではあるし、幼なじみだから。まぁあんな人だけど、わたしにとっては大切なんだよね、“あんな人”だけど。本当にストレスだけど、“ストレスでしかない”けど、それでもわたしは凌久の隣にいたい。
「忠誠心……ですかね」
「ふーん。拗らせてんねー、お二方」
いや、別になにも拗らせてはいないんだけどね? わたしは。凌久は何様俺様凌久様で、「世界の中心はこの俺だ」とか本気で思っちゃってるようなイタい人。凌久は拗らせてるよ、中二病を。
茉由と雑談を交えながら敷地内を探索し、わたしは何一つ取り零さないよう意識的に記憶していく。そしてわたしと茉由の視線の先に嫌な予感がする人だかりを発見。もちろんその中心部にいるのは、凌久と瑛斗だ。
はぁもうなにやってるのよ、でかでかコンビ(凌久&瑛斗)。女子達がわんさか群がって大変なことになっている。しかも満更でもなさそうな表情してるし腹が立つ。
「え、なに、嫉妬ー?」
はい?
「えっと、なんのことでしょうか。誰が誰に嫉妬?」
「え、だから楓花が。だって今あのハーレム見て苛ついてんでしょー? 違うの?」
「あぁははっ、違いますよ。あまり面倒事を増やさないでほしいなという」
「ふーん。大変だねー、護衛って」
はい、軽く死ねるほどに。
女子達が我先にと凌久の腕を掴みわざとらしく胸をぐいぐい押し当てている。それは露骨すぎるでは? と冷静に客観視できているはずなのに、なんか心がもやもやする。
「なーに鼻の下伸ばしてんの君らー」
「ははっ、いやぁ困ったなぁ。囲まれちゃって」
「小野田君、到底困っているように見えないのですが」
目を細めているわたしに苦笑いをして気まずそうな瑛斗。
「なにお前機嫌悪くね? 腹痛ぇの?」
ちげぇよ、分かれよ、この現状だよ。
「いえ」
「へえ、てっきり嫉妬でもしてんのかと思ったわ~」
してねぇわ、1ミリも。
「いいえ」
ここの中から凌久の彼女に~とかそういう可能性も0ではないよね。凌久に彼女ねえ、彼女か……彼女……ふーん……ん? 胸がきゅっとして少し痛い、心のもやもやも全然晴れないし。なんなんだろう……ああ、散々わたしをこき使って抜け駆けして彼女作るなんて卑怯者! ってやつかな?
「ずらかろずらかろー」
「そうですね、目立ちすぎです」
「ははっ、悪いね」
「やっぱマスクしたとて隠しきれねぇもんなぁ」
あぁそうですか、わたしだけですよ、誰からも感心を持たれていないのは。どうせ平凡な女ですよ。マスクして平凡さが極まってるのわたしだけ。
「はぁ、だる。キーキーうるせぇ女嫌いなんだよなぁ」
「ははっ、そんなもんだろ女は」
「あんたらがモテる意味が分からなーい」
激しく同意です。
「で、どうだったそっちは」
「とくにー、楓花に記憶してもらってただけかなー」
「なんか気づいたことねぇの、お前」
「ひとつだけ」
「え、まじ? そうなのー?」
「はい。事前に開示されていた敷地内マップには載っていなかった倉庫が人気の少ない校舎裏にありました。古い倉庫のようですが出入りしたような真新しい形跡もあったので使用はされているかと」
「さすが楓花だね」
「いえ」
「おい瑛斗、こんな程度のことで褒めんなよ。つけあがんだろ」
あなたは褒めなさすぎますけどね? そのくせ自分は褒めてもらいたいとかめんどくさい男。
「凌久、そんな男はモテないよ?」
「モテて~とか別に思ってねぇし。つーか危険ドラッグ売り捌いてるクソごみクズが誰だか分かったぞ」
「え、もう? 早くなーい?」
「楓花のおかげで確信に変わったんだよ──」
さっき瑛斗達がハーレム状態になっていた頃、意外にもちゃんも仕事をしていたらしい。どうやらあの倉庫に出入りしているのは指導教員の江口力也。そうと決まれば証拠を掴んで……なんだけど、わたし達は本来ここにいちゃダメなわけで、どうするつもりなんだろう凌久。
「武力行使だな」
「ま、それもありだね」
なしだよ瑛斗── で、結局は武力行使になっています。
「まっ待ってくれ! 俺は指示されてやってるだけなんだ!」
「あ? 誰にだよ」
「ほら、吐いて楽になったらどうだ」
「やっちゃえやっちゃえー」
はぁもう、なんでこうなっちゃうかなぁ。倉庫の扉を壊して侵入→危険ドラッグを発見→江口の登場→口論→武力行使→中学生相手に命乞いをする江口←いまここ。
「い、言えない、俺が殺される!」
「そうか、だったらここ死ね」
「俺達に殺されるか、そいつに殺されるか、どっちがいいんだ?」
「どっちで死にたいか選びなよー」
いや、死ぬ前提なの?
「もうやめましょう、時間の無駄です。これではっきりしましたし……黒幕の有無は」
警察内部の情報を漏洩させ、江口を使って危険ドラッグを売り捌いていたのは ── 警視長の従兄弟の息子である、柘植廉。この倉庫に柘植廉が出入りしている形跡がある、わたしの記憶が間違うはずがない。あらかじめ柘植廉の写真を何枚か確認しておいた。あの時計も靴も鞄も全部、柘植廉が身に付けていたもの。
「さーってと、武力行使かぁ?」
「いや、さすがにそれマズいだろ」
「相手が相手だしねー」
今日明日でかたをつけるなんて不可能だよ、凌久



