お坊っちゃまの護衛はおまかせあれ~猫かぶりなわたしは今日も幼なじみを華麗に欺く~



 やらかした、やらかした、盛大にやらかした。
 でも、どうしても止められなかった。体が勝手に動いたっていうか、必死だったというか……凌久がわたしを見放そうとしているんじゃないかって、それを受け入れるのがとても怖くて、あんなに横暴でクズでクソなお坊っちゃまなのに……それでもわたしには必要なんだって、大切な人なんだって、改めて気づかされてしまった。
 凌久がわたしを必要としてくれているんだって、ずっとそうやって思って生きてきたけれど、どうやらわたしのほうが必要だったみたい。
 凌久はもう幼なじみ以上なんだ── 家族……かな? きっと凌久もそう思ってくれてるんだと思う、生意気だから絶対そんなこと言ってくれないだろうけど。

「楓花」
「はい」
「好き」

 部屋に戻って荷造りをしていると頭上から唐突に言い放たれた「すき」という単語に顔を上げると、とても穏やかな表情の凌久がいて、優しい瞳でわたしを見下ろしていた。

「……すき?」
「うん」
「隙……ですか」
「うん」
「隙ですか、どの辺がでしょうか」
「全部」

 わたしは隙だらけということ? そうかな、隙なんてないはずなんだけど。潜入捜査だし隙を作るな見せるなってことだよね、なんか優しいな凌久。

「凌久さま、ありがとうございます」
「で?」
「助言をいただき感謝しております」
「……は?」
「え?」
「は?」
「いや、あの、アドバイス……ですよね?」
「マジかお前」 
「? あ、はい。まじでございます」

 すると大爆笑し始めた凌久に若干引くわたし。ま、バレないようにスッと表情筋戻したけれども。

「“話が噛み合ってなくて死ぬぅww”」
「凌久さまいけません、そのような流行りに乗っては」
「へいへい。ちょっと自販行ってくるわ」
「ならわたしもっ」
「ステイ、お前は荷物まとめてろ~」
「承知いたしました、お気をつけて」
「はっ、すぐそこだろ。つーか俺を誰だと思ってんの~?」

 何様俺様横暴クズクソお坊っちゃま。

「いってらっしゃいませ」

 笑顔で凌久を見送るわたしはある意味怖い女である。
 凌久の部屋にポツンと取り残されたわたし、見慣れた部屋だしなんなら毎日出入りしてるし、なにってことはないはずなのになんかそわそわする、というかイライラ? する。

「このベッドで……」

 わたしは凌久のベッドを見下ろしてじっと眺める、すんごく冷めた目でね。なんか嫌、やっぱ嫌、きっと嫌! そもそもめっちゃ香水くさいし! これって布団から匂ってるよね? 凌久って鼻バカなの?
 わたしは手袋をつけてシーツやカバーをひっぺがして洗濯機に詰め込みスタートボタンを荒々しく押す。急いで凌久の部屋に戻り布団を担いで寮内にあるランドリーへ高速移動するわたしはきっとただ者ではない。
 洗濯から乾燥までしてくれる機械に入れてスタートボタンを押すと同時に走り出すわたし、まるでピンポンダッシュをするいたずらっ子のように。
 戻ってしれっと換気をしていると凌久が戻ってきて「なにやってんのお前」って言いながらため息混じりでなぜか呆れたような表情(かお)をしている。

「勝手なことをして申し訳ありません」
「まあ別にいいけど気にするだろ、色々と」
「いえ、凌久さまがこのベッドで誰と何をしていようがわたしには関係のないことですので」

 わたしは今、いつも通りポーカーフェイスでいられているだろうか。油断をすれば凌久に感情が読まれてしまう、この人はそういうの得意な人だから。というよりわたしの変化に過剰なまでに反応するって表現のほうがしっくりくるかな? わたし以外の変化には無頓着な部分あるし。まあさすがに瑛斗や茉由の異変にはすぐ気づいたりするけども。

「なにお前、妬いてんの~?」

 妬いている……とは? いや、ないない、ありえない。別に妬いてなんかないし。そういうのじゃないし、絶対に。

「そうですね、妬いてしまいます。だって凌久さまはわたしだけの凌久さまでしょ? なんて言ったら凌久さまはっ!?」

 わたしはいつだって華麗に欺く、はずだったのに凌久の予想外な行動がわたしの心を大きく揺さぶって頭が真っ白になった。

「……な、なんで……」

 絞り出すようにようやく出てきた言葉はこれだけ。

「いや、なんでって、お前だけのものだよーってしてみたんだけど?」

 凌久はわたしの頭をポンポン撫でて「シャワーしてくるわ~」と言いながら部屋を出ていった。

「……え、まじでどういうこと……?」

 指で唇をなぞりながら思考が完全に停止する。わたしは凌久に── 唇を奪われた。
 えーっと状況を整理しようか。そもそもキスってなに? 唇と唇が触れ合えばキスなのかな? まあそれで言うとさっきのは100%キスだったね。んーっとキスってどういう時にするものだっけ、おはよ~みたいな挨拶と変わんない? キスってどんな感情の時にするものだっけ、幼なじみ同士のキスって一体なんなの、え、まじでなに?
 わたしはスマホを取り出して“幼なじみとキスしたことがある割合”なんて馬鹿げた検索をかける。すると、男友達とキスしたことがある ないのグラフが出てきて、幼なじみって男友達みたいなものでしょってそのグラフを見たら「ひっ」と情けない声が出た。半数以上が“はい(男友達とキスしたことがある)”と回答していたからだ。
 まじですか、男友達とキスって普通にするものなんだ。へえ、そうなんだ。ふーん、なるほどね。だったらさっきのもとくに深い意味はないよね、ないない、だってあの凌久だよ? 「よっ!」くらいの軽いノリでキスとかしそうじゃん。

「そもそも「お前だけのものだよ~」ってどの口が言ってるんだか」

 あんただけは絶対にわたしだけのものにならないでしょ、だって他にいっぱいいるじゃん。キスどころかセックスたくさんしてるじゃん、なんて考えていたら腸が煮えくり返る。

「クズめ」
「あ? 今なんて?」

 その声に慌てて振り向くと、鍛えぬかれた筋肉美をひけらかし(上半身裸)濡れた髪をタオルで拭きながらわたしに迫ってきた(ただ近寄ってきてるだけ)。

「糸“くず”が落ちていましたので」

 いつも通り微笑みながらたまたま落ちていた糸くずに心の中で全力感謝をしつつ拾い上げ、にこっとしながら糸くずを凌久に見せてごみ箱に捨てる。

「つーかさ」 
「はい」
「覚えてるか、教訓」
「教訓……ですか?」
「“楓花は俺だけのもの。お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものだ。異論は認めん”……これ、最近忘れてねえよな?」

 おまえはジャ○アンか。

「ええ、肝に銘じております」
「ふーん。あ、ちなみに言っとくけどキスしたのお前が初めてだから」

 そう言うだけ言って部屋から出ていった凌久、するとドライヤーの音が聞こえてきた。
 うん、だから? さりとて所詮はクズ。きっとあのキスに意味合いなんてものは存在しない、おそらく凌久の気分だ。
 まあうん、別にいいよ、しれっとファーストキス奪われたけど全っっ然気にしてないよ? (めちゃくちゃ気にしてる、なんなら心の中では包丁を持って凌久のこと突き刺してやろうとすら思っている)。

「うん、もう気にするだけ無駄。忘れよーっと」