「瑛斗と茉由、明日現地で合流するってよ」
「そうですか」
いつ通りではあるが、そりゃ少しでも関わりを持った奴が意識不明とか言われたらこいつは気にするよなぁ、意外と情に厚いタイプだし。それともなにかぁ? 實森のことが好き~とかそういうパターンのやつ? なんてそんなこと許さねぇけど。心底気に入らねぇし今すぐ問いただしたいが……俺は言わなくてもいいようなことを言いまくって楓花を傷つける未来しか見えねえ。だったら何も言わねえほうがマシだ。
こうやって溝が深まっていく、好きになればなるほど──。
「お前、今回やめとくか」
「え?」
「潜入捜査」
「なぜですか」
ああ、やっぱ普段通りじゃねえかもな。声色でだいたい分かる、つうか楓花が隠しきれてないってことは相当だってことだろ。こいつは俺にすら素を出さない、感情を読み取らせない、そう訓練されている。いつでも誰にでも楓花が感情を読ませるなんてヘマはよっぽどのことがない限りねえ。
でも相手がこの俺だったらそうもいかねえってこった。俺が常に楓花を観察してるってこと、本人は全く気づいてねぇんだろうな。ま、それもそうだろ? 俺だぜ? そう簡単に気取られるわけねぇじゃん。こいつが機嫌悪いのも實森を気にかけていることも嫌でも分かるんだよなぁ、長年一緒にいると。
「気になってそわそわしてんじゃん」
「なにがですか」
「しかも苛立ってんだろ、矛先どこに向けりゃいいんのか分かんねぇもんな?」
「はは、なにをおっしゃりたいのですか」
楓花に限って任務中に上の空で~なんてことはない、ほぼ確でな。だが、万が一っつうもんがある。俺がどうってことではない。楓花の身に危険がっつうのが一番最悪なパターンで俺が危惧していること。それはなんとしてでも避けたい、だから楓花を潜入捜査へ行かせるべきではないんだろうけど、如何せんここに置いていくのも俺が気が気じゃなくなる。
まあ、潜入捜査先で常に俺が守りゃ別に済む話なんだけど、最近どうも俺に守られるっつう行為が嫌らしく、それを拒む楓花にぶっちゃけ戸惑ってんだよなぁ。あんま嫌われたくねぇし?
こんなこと言ったら100%楓花に拒絶されそうだから言えねぇけど、ぶっちゃけ専属護衛なんざ飾りにすぎねぇんだよな。俺がただ楓花を傍に置いておきたくてそうしただけで、守られる必要がそもそもねえ。むしろ楓花を守るのが俺の役目っつうか、俺が楓花の専属護衛的な?
まあ、俺の独占欲で楓花の人生狂わせたのも、死ぬほどキツい思いをさせちまったのも、なんとも思わねぇかって聞かれたら死ぬほど悪いと思ってるし何なら後悔までしてるに決まってんだろって答えるわ。他に方法があったんじゃねえかとか、ネチネチごちゃごちゃ考えてるわ未だに。
「凌久さま」
立ち止まった楓花の数歩先で止まり後ろへ振り向くと、真っ直ぐな瞳で俺の瞳を捉えてくる楓花と視線が絡み合って胸が高鳴る。
「んだよ」
「わたしは凌久さまと共にありたいです」
それは幼なじみとしてか? 専属護衛としてか? それともひとりの女として……か? なんて自分で言ってて虚しくなるわ。
「楓花、お前は俺と一緒にいれて幸せか?」
と思わず口走った言葉は疑う余地もなく俺の本音ではあるが、こんなことを聞くつもりはなかった。俺の言葉に驚いたのか目を見開いた楓花は珍しく動揺していている。でもまあ、これが俺の一番聞きたかったことではあるんだよな、この問いの答えを。
俺が巻き込んだ、俺の感情に楓花を。そんな男の隣にいて幸せなのか? 俺は好きな女を不幸にしてんじゃねえかって、時々不安になる。
想いを伝えられれば、好きだ愛してるって想いをちゃんと言えたなら、よかったんだけどな。もう今さらだろ、信じてもらえるわけもねえし、この関係が崩れんのも怖ぇ。そんなリスキーなことしたくねぇんだよな、ほんっと今さらだし。
なあ、楓花。俺って必要か? 一緒にいてつらくねぇか? やめたくねぇの? なにかも。
「幸せの定義、概念は人それぞれですので……わたしは凌久さまの護衛として不満がなく、凌久さまの隣に立っていられることが望ましいのでわたしは充分に満たされ、幸せだと感じております」
「それは俺の専属護衛として……だろ? いや、まあいい。どうかしてたわ、忘れろ」
楓花から目を逸らしてうつ向きながら前を向いた、その時だった。
「わたしは自分の幸せより、凌久さまの幸せに重きを置いているのです。凌久さまの幸せがわたしの幸せに繋がってっ」
「それ、お前が不幸になるだけじゃん。なにお前、自分の意思っつうもんはないわけ? だったらなにか、俺がお前をクビにしたらあっさり引き下がんのかよ。まあ引き下がるわな、所詮そんなもんだろ。俺って必要なの? お前の人生に。いらねぇよな? もう辞めろよ、俺の護衛。つうか南雲家から出てっていいぞ、好きに生きろよ。お前の人生なんだし」
こんなことを言いたかったわけじゃねえ、本音とは真逆のことばかりが次から次えと口から出てくる。ああ、もう終わったわ、なにもかも。
言うだけ言って楓花の返事を聞く前に歩き始めた。すると、後ろから走る足音が聞こえてきてぐっと腕を後ろに引っ張られてバランスを崩す。
振り向き様に見下げると── 思いっきり平手打ちを食らった。
「凌久のバカ!!」
「え」
死ぬほど間抜けな顔をしている自信がある、なんなら声も。
「わたしを欲しいって言ったの凌久じゃん! だからわたしそれに応えたくて頑張ったのに……いらなくなったから捨てるとか酷いよ!」
「え、いや、お前なに言ってんっ」
「最近女の人を部屋に連れ込んでさ……わたしが邪魔になった? ああやって嫌がらせすれば辞めるとでも思った? わたしはっ! そんな生半可な覚悟で凌久の隣に立ってない! 命懸けてるの!」
「ふ、楓花落ち着けっ」
「いらないって、それってわたしのほうじゃん。凌久の人生にわたしがいらないんでしょ? 必要なかったってことでしょ!?」
「ち、ちげぇって、落ち着けよ楓っ」
「落ち着いてますわ!!」
いや、落ち着いてねえだろ絶対。
こんな楓花は初めてで、半べそ状態で怒ってる楓花が死ぬほど可愛いとか思う俺はかなり重症だな。つーかこの状況を嬉しいとか思っちゃってる俺って相当キモいよな、マジで。でもなんつうかさ、楓花にとって俺って意外と重要で必要なのかもなって思ったらぶっちゃけニヤけが止まらん、嬉しすぎて死ぬ。
「落ち着いてますわなら一旦その荒ぶったキャラを戻したほうがいいんじゃねぇの? 俺は全然気にしねえけど後で後悔してうじうじ気にすんのお前だろ」
我に返ったのか涙も引っ込んで俺の頬を見ながら青ざめていく楓花の顔。
「……わたし、あの、こんなつもりは……本当に申し訳ございません……凌久さまに何ということを……今すぐ冷やすものをっ」
震えている声、走ってこの場を去ろうとした楓花を引き止めた。
「いい別に、気にすんな」
「で、ですがっ」
「お前に叩かれた程度じゃ何ともなんねぇわ。それにそもそも俺が言いすぎた、悪い」
「いえ、そんなことは……」
たぶん互いに気まずさはあるわな、そりゃそうだろ。内容が内容なだけにぶっちゃけ気まずいわ。
「おい行くぞ、出張の荷物俺の分も頼むわ~」
「あ、はい、承知いたしました」
俺達はギクシャクしながら寮へ向かった──。



