寮に戻ってゆっくりするほどの時間はないし、コントロールルームは激務のせいで殺伐していることもあり、わたしと凌久は──
「ほんっと図々しいねぇ、君は」
「実質俺の場所みたいなもんだろ」
隊長室に訪れていた。
「天海隊長、顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「いやぁ凪良ちゃんだけだよぉ、そうやって僕の心配してくれるの~」
「はあ? いつもこんなんだろこいつ」
「君さぁ、生意気だーってルームの連中に怒られたんでしょ~? ちょっとは改心しようとか思わないわけぇ?」
「あ? 知るかよ」
隊長室のソファーはとても質のいいソファーで、そこに偉そうに寝っ転がっている凌久はうとうとしている。
「まっ、僕は嫌いじゃないけどねぇ。強ければなんだっていいよぉ。戦いの場で礼儀なんてクソの役にも立たないからね~」
そう、第1部隊はそういう隊である。だから強いけど無礼者多数。
「それは同意」
天海隊長はこんな人だけどかなり強いし、こういう力が正義だろって思考だから凌久と似ている。天海隊長のそういうところに共感できる凌久は、この人以外の下には絶対につかない。凌久が唯一言うことを聞く人物がボスである二輪さんと直属の上司である天海隊長のみ。実力を認めているってこと。
「ていうか君らも顔色優れないけど大丈夫そ~う? たこ焼き食べる~?」
「いらん」
「そ、とりあえず僕仕事だからもう行くね~」
「さっさと行け」
「んもぉ、南雲ちゃんひどぉい」
「ご武運を」
天海隊長が不在でも当然のごとく居座る凌久。まあこれを許されているのが凌久でもあるんだけども。
「楓花」
「はい」
「お前も少し休んどけ」
なんて言いながらベチベチとソファーを叩いて、座れば? みたいな顔をしている。
「ありがとうございます」
ソファーに座るとわたしの膝に頭を乗せてきた凌久。この人枕とかないと落ち着かないタイプなのよね。
「寝ててもいいぞ、俺起こすし」
スマホをいじりながら素っ気ない言い方をする凌久になぜか笑みが溢れてしまって、凌久に気づかれる前に表情筋をすぐ戻し、ゆっくり目を瞑った。
目を瞑るだけのはずだったのに寝落ちしてしまったわたしは、警告ベルの音で目覚めることとなる。
「“東京都北区○○駅付近で爆発事案発生”」
警告音と共に部室棟でも繰り返されるアナウンスにスマホをポケットにしまいながら起き上がる凌久。
「凌久さま申し訳ありません」
「あ? いいだろ別に、寝れる時に寝ときゃそんなもん」
「すみません」
「おら、行くぞ」
「御意」
── コントロールルーム
「爆発事案発生の現場は北区○○駅 西側の歩道者道、負傷者は男性2名。救急車があと3分ほどで到着予定です!」
「現場付近の監視カメラは……2台あり! 事件発生当時の映像を出します!」
田附さんが出した監視カメラの映像には、歩いている男性2人に駆け寄って話しかけている女性の姿があって、この角度の映像では被害者の確認は不可能。真後ろ姿と斜め後ろ姿しか映し出されていない。
女性から紙袋を半強制的に受け取らされているようにも見える。
「こりゃ顔認証無理かぁ?」
煙草を吹かしながら気だるそうにそう言う二輪さん。加害者は帽子とサングラスしてるしカメラを意識しているのかうつ向き気味、これは顔認証できないだろうな。
「帽子とサングラスで不可能です!」
なんだろう、このざわめき。被害者の後ろ姿に面識がある顔がふと浮かんだ。
「實森……先輩……」
「マル害の身元は判明しました! 身辺警護SP専門学園6年の實森飛羽と──」
映像には、紙袋を開けて覗き込む人から慌てて紙袋を奪い取った實森先輩……そして、爆発した。實森先輩は身を挺して守ろうとしたんだ、仲間と近くにいる人々を。
連絡先を勝手に消しちゃって實森先輩には申し訳ないなとは思ってた。話せる機会があるならちゃんと謝っときたいなって。でも機会なんて全然なくて、1回姿を見かけたことはあったけれど、凌久もいたし實森先輩がわたしを避けているようだったから、『まぁ嫌われたなら嫌われたでそれはそれでいっか』みたいなふうになぁなぁにしちゃってた。
「實森飛羽は意識不明の重体とのことです……」
このまま實森先輩が……とか最悪な結末を想像して気分が悪くなる。わたしも所詮はただの人間で、やっぱり関わりのある人の生き死にには敏感になる。
「── か、おい楓花」
ハッとして隣を見上げると、凌久は能面のような無表情さでわたしを見下ろしていた。
「も、申し訳ありません」
「ぼうっとしてんなよ」
「すみません」
「で、どうなってんの。あいつだろ、前連絡先交換したって言ってた奴」
「どうって……連絡先を削除して以降、とくに関わりはありませんでした」
「あらそ」
ぐちぐち言うこともなければ、それ以上のことを聞いてくることもない。不機嫌でも上機嫌でもなく、何を考えているのか分からない凌久に少し戸惑う。
「あの」
「……」
「實森先輩とは本当に……なにも……」
「そうかよ」
わたしは一体なにを弁解しようとしているのだろうか、こんな時に。凌久に實森先輩との関係をどう思われたって別にどうだっていいはずなのに、最近おかしいよわたし。
「新たな情報が入りました! 2週間ほど前から紙袋を持って学生に声をかける不審な女がいたという目撃情報が数件あり、調べたところ声をかけられていたのはいずれもS学の生徒であることから、ターゲットはS学関係者の可能性が浮上!」
S学に恨みのある人物の犯行、これは復讐……? おそらくその線で間違いはなさそう。
「さぁて、どこまでをどう絞り込むか……だなぁ」
二輪さんの言う通り、そこが肝になる。これ以上被害を増やすわけにはいかない、思いきって省くのが妥当。わたしが把握しているだけでもS学が関与している爆発に関連するものは── 過去の資料などに目を通して写真のように脳内へインプットさせていた。そして必要な時に頭の中でそれを再現し、情報を読み取るような形で思い出させる。ここ十数年だけでもざっと25件はある。
「爆発に関連するものは、ここ十数年内だけでも25件はあります。もちろんわたしが把握している範囲で、です。他にもあるかもしれません」
「ガキの頃の恨みを今になってよくやく晴らせる~パターンも捨てがたいがそれ説薄そうなんだよな。ここ1年、いや半年以内に絞りゃいい。S学が取り扱った身辺警護 事件 事故なんでもいい、爆弾……要は“爆発”に関連する何かがないか調べりゃ手がかりくらい出てくんでしょ。ま、こんだけ殺す気満々だったっつうことは間接的なものも含めて“死者”が出てるのに絞れば?」
凌久がどうしてその範囲で絞らせようとしたのかわたしには分からなくて、繰り返しモニターで流れている事件発生当時の映像を凝視した。
「歩き方、歩き方ってのは年齢っつうもんが出るもんだろ。歩行速度や歩幅、体の左右の揺れ……要は体の軸(体幹)、姿勢や腕の振り、足の上げ具合、地面の踏みしめ方、これらでだいたいの年齢は予測できる。俺の予想では10代だな」
そうやって言われると正しくそうで、實森先輩のことが気がかりで初歩的な観察ができていなかった。
「つうことは年齢的にも10年だの十数年前だのに起きた事件事故ってより比較的最近のなんじゃねぇのって。ヒットしねぇなら範囲広げてきゃよくね」
「相も変わらず生意気だが憎たらしいほど的確だなぁ、南雲のボンボンはよぉ」
「ここ半年内で間接的ではありますが岐阜県で起きた爆発事件関連で男性1名が亡くなっているはずです。それにS学が関与しています」
「いやぁ、相も変わらず早いじゃねぇか。おめぇの記憶の引き出しはどうなってんだぁ? 凄まじいねぇ」
岐阜県、今回わたし達が潜入捜査する先も岐阜県だな……いやいや、どう考えたって偶然でしかない。そもそもわたし達は任務で全国各地へ行くのが普通だし、ただタイムリーすぎるってだけのことでしょ。
そう思うのにしっくりこない、引っかかる、何かがおかしいって……いや、おかしくなっているのはわたしか。無理やりこじつけようとして馬鹿らしい、下手な考察はやめよう。
「岐阜県の爆発事件……ありました! 詳細出します!」
わたしは詳細を出されたモニターではなく、自身の記憶を脳裏に映像として出して読み取る。
半年前、○○市文化会館にて開催したコンサートに市長と共に県知事も出席していた。当時、何者かから殺害予告を受けていた県知事に複数のS学生徒や関係者が護衛にあたっていたらしい。事件当日、文化会館に爆弾を仕掛けたという電話があったものの、それらしき物がないことと県知事の指示でコンサートは予定通り開催された……がコンサート開始直後、文化会館の敷地内の公衆電話ボックスが爆発。即刻コンサートは中止、幸い怪我人はおらず県知事も無事だった。未だ犯人の特定には至っておらず──。
「ここまでが表に出ている情報です」
この事件には続きがある。
当時、現場付近にいた全身黒ずくめの男をS学の生徒が警備中に怪しいと感じ、声をかけたそうだ。言動なども落ち着いており抵抗することもなく、不審な点も見当たなかったことからその場で解放した……が現代社会が悲劇を生む。
その様子を付近で撮影していた何者かが、『今公衆電話ボックスが爆発したんやけどマジで死ぬwwあいつ爆弾魔?ww○○市文化会館に爆弾仕掛けた犯人くさいww警備員に捕まっとる!』とSNSに動画を投稿。
瞬く間に動画は拡散、特定班の特定が始まり、動画内の男性はすぐ特定された……あとは誹謗中傷の嵐だ。その後男性は職を失い、止まない誹謗中傷のせいで── 自殺した。
「この事件の被害者は県知事でもなんでもありません。被害者は纐纈千颯さん、ただ1人です」
わたしの言葉で厳粛な静寂に包まれるコントロールルーム。地方のことだということと、幻影隊はこれに一切関与していないこともあり、この場にいる大半がこのことを把握していない様子だった。
「纐纈千颯21歳、高校を卒業後地元の工場に就職。両親も既に他界しているようで兄弟もいません」
読み上げる田附さんの声が少し掠れている。田附さんの弟さんもSNSの誹謗中傷が原因で心のバランスを崩して引きこもりになったって話は聞いたことがある。きっと重なるんだろうな、弟さんと。
「結婚の有無は、どうなってんの?」
「独身ですね。恋人もいなかったとの証言もあります」
「ふーん」
身内による犯行、ではないということは一体誰がS学を狙っているのか──。
「とりあえずおめぇらは潜入捜査があんだろ、こんなもん数時間や1日で解決できるような問題じゃねえ。これはこっちでやっとくからもう行け。ヘマしたら殺すぞ~」
「「了解」」



