「おはようございます」
『どうも~』みたいな感じで入っていく凌久達。わたし以外だぁれも挨拶しないんだもん、挨拶くらいしようよ。
「「「「おはようございまーす」」」」
「よぉ賜賜組、相変わらず生意気カマしてんなぁ」
凌久達は偉そうにバフッとソファーに腰かけ、わたしは凌久の後方に突っ立っているスタイルがお決まり。
「ちょっと君達、さすがに態度が悪すぎじゃないか? 天海君でもそんな態度ではなかったぞ」
激務を極めるコントロールルームのメンバー達、常にコンピューターと睨めっこだもんなぁ。気が立つのも仕方ない、というか凌久達の態度が悪いのは事実でしかないから弁解の余地なし。
静寂に包まれるコントロールルームで凌久が余計な一言を発しそうな予感がしたわたしは即座に頭を下げた。
「申し訳ございません」
「いやぁ、マジレスすっけどさぁ」
するなするな、もうなにも言うな。
「この界隈、幻影隊なんて強くてなんぼっしょ~。年功序列? 上下関係なんてあってないようなもんじゃね~。力が正義、強けりゃなんだって許されんの。実際そうだろ? そもそもさぁ、俺らを良いように使ってんの大人らだよね~? 説教とか勘弁してくんね。俺達がいなくなって困んのそっちだぞ」
そっけなく突き放すような言い方をする凌久に気まずそうにしている人もいれば苛立っている人もいる。
これって難しい問題で凌久の言い分は一見偉そうで俺様発言だと思われるかもしれないけど、本質を捉えているのよね。
おそらく凌久はあの時の責任を感じている、凌久のせいでも何でもないけれど、茉由が大蛇にやれてボロボロになったことも、瑛斗をひとりにしたことも、わたしをひとりにした罪悪感も、あの時のことを凌久はきっと悔やんで背負っている。凌久はそういう人、優しいのよ根っこの部分が。
戦いの場で仲間を置いていくって相当な覚悟がいることだし、並みの精神状態ではいられない。だから凌久の言い分もわたしには分かる……けれども、コントロールルームのみんながいないと任務に支障をきたすのは100%で、本っ当に重要なの。幻影隊の心臓と言っても過言ではない。
だからどっちが偉いとかってことじゃないんだけど、互いに誇りっていうものがあって、それはそれで凌久も理解はしているはずなんだけど、ぶっちゃけリスキーなのはどっちだよって話になってくるというか……まあでも、命を燃やしているのは燃やし方や懸け方が違うだけであって戦闘員も非戦闘員も変わらない。
「たしかに君達は強い、我々の誇りだ。だけど俺達だって命削ってんだよ」
コントロールルームのメンバー達はわたし達の命を背負っている、失敗は許されないという重責を常に抱えている。
「もうやめなーい? こういう話だるすぎー」
「やることやってんだし、現に俺達がいねえと現場回んねぇだろうが。ったく、体張ってんのに態度云々なんてくだらねぇことネチネチ言われたくないんですよーっ話な」
「おい凌久、もうやめておけ」
難しいなぁ、これは。
「てことで賜賜組には1週間後、潜入捜査やってもらうからよぉ」
いや二輪さん、脈略なさすぎない?
「はあ? 潜入捜査だぁ? なんっだそれ、んなもん下っ端にやらせとけよ」
「潜入捜査ね、いつぶりだろうか」
「前回って大蛇の傘下に潜入したよねー? あれまじウケたわ。で、今回も変装すんのー?」
「いいや? 今回は学校に潜入してもらうからなぁ、変装っつう変装はねぇぞ~」
潜入捜査は身分を隠してターゲットに接触したり、犯罪組織や犯罪者に成りすまして内部に侵入して、秘密裏に情報収集や証拠収集を行うのが基本。情報収集や証拠確保、組織壊滅など様々な目的がある。何度も言うけど、幻影隊に年齢なんて関係ない。それこそ力が正義、実力がすべての世界。齢15にして過酷な人生を歩んでいます。
「学校~? くだらん。1~2年のザコども連れてけよ。何事も経験けいけ~ん」
いやぁ、さすがに無理じゃない? ほら、端っこでビクビク怯えてるよ、後輩達。そもそも1~2年と言っても1年生ひとり、2年生ふたりの3人だからね?
「凌久さま」
「あ?」
「わたしにとって凌久さまとの潜入捜査は、とても有意義な時間で素晴らしい経験になっていますよ」
「……ったく、しゃーねぇな。暇潰しがてら受けてやるよ、その潜入捜査とやらを」
「「「「「(めーっちゃ単純)」」」」」
「んじゃ潜入捜査は賜賜組、頼んだぞぉ」
学校への潜入捜査ってことは、その学校組織に問題があるのか、生徒や教員個人の問題なのか……任務内容の確認が必要そう。潜入ってリスキーだからね、凌久達はイカれてるから遊び感覚でしかないだろうけども。
「二輪さん、任務内容はどのような?」
「あ、てかボスー。特別手当てとか出るー? 前回なかったじゃーん」
「あれはおめぇらが暴れすぎて被害額でけぇから差っ引いたんだっつうの。あんだけで済んだだけありがたいと思えよぉ。今回も壊せば壊した分だけ給料から差っ引くからなぁ」
凌久も瑛斗もスイッチが入っちゃうとねえ……茉由は『まっ、いっか。やっちゃおー』みたいなノリで便乗するし。わたしはそんな3人を眺めながら『ああ、被害額いくらになるんだろーう』と他人事。まあ他人事ではないんだけどね、わたしの給料からも差っ引かれてるし。
「だいたい楓花、おめぇが一番まともなんだからよぉ、止めろや」
止めたって無駄だもん、止まんないもん、このイカれ野郎どもは。
「はは、制止したいのは山々ですが如何せんわたしの実力不足で」
「はっ、どうだかなぁ? 怖い女」
二輪さんはいつもわたしの本性を捉えようとしてくるというか、わたしにとっては脅威なのよね。
「ところで任務内容は?」
「ああ、任務内容はとある高校への潜入捜査だ。おめぇら年相応には見えねぇし問題ねぇだろうよ」
「なるほど、それなら特に変装は要らないか?」
「まあ、顔が割れてる可能性もあっからなぁ。マスクくらいしとけ~、今のご時世マスクしてても浮かねぇだろうよ。ちなみに楓花と瑛斗は生徒としてではなく研修生としてだぞ~」
「「え」」
声を揃えたわたしと瑛斗は、ちらりと顔を合わせて視線を二輪さんへ戻した。
「一気に4人も転入生は目立つだろうが。楓花と瑛斗はとくに老け顔だしな、問題ねぇだろうよ。んで、本題に移るぞぉ。簡潔に説明するとだな、警察の内部情報が漏洩している」
「「「「情報漏洩?」」」」
「ああ。んで浮上してきた人物がそこの高校にいるってこった」
「情報漏洩をしているのがそこの生徒……ということでしょうか」
「おそらくな。警視長の従兄弟が地方警察にいるらしくてな、その息子がどうもキナ臭い」
まあ、わたし達幻影隊の情報が漏洩するということはほぼ確実にないと言える、ここが乗っ取られない限りは。
「あとまあ、教員の中で危険ドラッグを売り捌いてるクソッタレもいるって噂だ。それも同時に捜査してくれ」
「なるほど? だから俺と楓花が研修生としてってことか」
いやぁ、でもさすがに無理があるのでは? だいたい凌久お坊っちゃまの不機嫌さよ。むっすーっとしながら俺様機嫌悪いぜオーラを放っている。たぶん仕事の振り方が気に入らないんだろうな、わたしと瑛斗って組み合わせが……子供か。
「まあでも被害が拡大する前に対処必須だねー」
茉由の言う通り、情報漏洩なんて笑えない。今のところ甚大な被害が出ていないだけで、取り返しのつかない被害が出てしまっては遅い。
「さて、潜入捜査前だからと言ってぐーたらはさせんぞ~。今日は護衛任務だ」
潜入捜査任務まであと1週間、わたし達は知らなかった。これから怒涛の激務が待ち受けていることを。そしてそれを拒否する権限はなく、睡眠時間を極限まで削られることを余儀なくされた──。
幻影隊に所属して2年以上経つけど、こんなに忙しいのは初めてだった。ひっきりなしに任務や事件や事故やら多発し、大災難月だと騒ぎ立てた。
ここ数日睡眠時間が2時間ほど、なんなら二徹続きだし凌久の専属護衛の訓練以降こんな生活してないから正直きついな。こんな状態で明後日から地方で潜入捜査ってまじですか。
ちなみに賜賜組は瑛斗・茉由、凌久・わたしで分かれて任務を行っている。じゃないと回んないし。
「あの、凌久さま」
「あ?」
「わたしへの結界は不要です」
「お前顔やべぇぞ、思考も反射も鈍ってんだろ」
凌久の結界は同時に複数張ることはできない。基本は凌久自身を守るために……というよりフィジカルを最大限に活用すべく結界を張っていると表現をするほうが正しいか。
今結界をわたしに張っているということは、凌久がノーバリアだということ。真っ先に狙われるのは凌久なのに、自分を守ることに専念してよ。
「わたしは1週間程度なら不眠不休でも動けるよう訓練を受けていますのでお気遣いには及びません」
「はっ、死にそうな顔しといてよく言うわ。すんげぇぶっさいくな顔してんぞ、ただでさえパッとしてねぇ顔してんのに」
そりゃ凌久と比べたら死ぬほど劣るし、そもそも周りの顔面偏差値が高すぎるからわたしがかなり不細工に見えるだけであって、わたしは普通なの、平凡なの、中の下くらいなの。
「自分の身は自分で守ります。それにわたしは凌久さまの護衛としてっ」
「知らん、お前は黙って俺に守られてろ」
いつもそう、凌久の専属護衛なのに結局は凌久に守られてばかり。信用されていないみたいで地味に傷つくんだよね、これ。
「信用できませんか」
「あ?」
「わたしを信用できませんか」
そりゃそうよ、だって凌久は桁違いに強いだもん。自分以外の人間なんて信用できるはずがないよね。
「んだよ、生理前か? ネガティブモード入ってんぞ~。やめろよ、気ィ散るし」
護衛云々の前にわたし達幼なじみじゃん、少しくらい頼ってくれてもよくない? そうやって全部自分で完結させてさ、なんのためにわたしが隣にいるのよ。
「凌久さまをお守りするためにわたしはいます」
「お前に守られる必要がねえ、以上」
この言い合いは不毛だ──。



