「凌久、君は少し楓花離れをしたほうがいいよ」
「それ同感だわー、固執しすぎ」
関係性が構築されてきた頃、瑛斗と茉由にそう言われ、マジでなにを言ってんだかとしか思えなかったものの、ぶっちゃけ縛りすぎてた自覚はあって、まあひとりの時間とか茉由との時間っつうのも大切なのか? と思わなくもなかった俺は、徐々に楓花との時間を減らしていってた。
そうするとどうなると思う? 気持ちが溢れてくんだよ、クソデカ感情がな。楓花を無理矢理にでも自分だけのものにしたくて、ぶっ壊したくなる衝動的な感情に呑まれていく。日に日に積もっていく楓花への想いが俺を狂わせていった。
楓花を傷つけないよう、壊さないよう、俺は気持ちの発散と分散を適当な女でするようになっていった。これで楓花に対するクソデカ感情のバランスを保てればなんだっていい。
「おい凌久、最近遊びすぎじゃないか?」
「それ瑛斗が言う?」
「俺はいいだろ。いいのか? 楓花はおそらく気づいているよ、君が外で何をしているのか」
「あ? つーかさぁ、お前らじゃん。俺をこうさせたの」
「いや、まさかそっちに方向転換するとは俺も茉由も思ってなかったんだ」
「今さらじゃね、もう遅ぇだろ」
手遅れだわ。そもそもこの欲をぶつける相手がいねぇと俺はもう正気じゃいられねえ。楓花にこれをぶつけることはできねえ、きっと受け入れてもらえねぇし。あいつを怖がらせることも、泣かせることもしたくねえんだわ。
「好きなら好きだと伝えればいいだろ。言葉にしないと伝わるものもっ」
「うっせぇ黙れよ。あぁ萎えた、帰る」
「そうか、じゃあな」
「へいへーい」
好きだの愛してるだの、そんなもん簡単に伝えれるんなら伝えてるっつうの。
苛立ちながらS学に戻って普段は通らねえ人気の少ない校舎裏を通っていた時、俺の視界に入ってきたのは、楓花が他の男に抱かれている姿だった。
ああ、そういうこと? 結局こうなるわけか。距離置いたってろくなことねえじゃん、何してたんだ俺。
「クソがよ」
触んな、俺のものに。
なぁ楓花、お前は俺だけのものだったろ。楓花に触れる男も楓花の視界に入る男も楓花と同じ空気を吸う男も許さない。お前の全ては俺だけのものだろうが、何してんだよふざけんじゃねえ。
殺す、俺から楓花を奪う奴はもれなく殺す。楓花は俺のだ、俺だけの──。
「はは、キモすぎだろ俺」
どこで間違えた、どこで拗らせた、ああ……はなっから狂ってたんだな。
「あら南雲く~ん♡こんなところでなぁにしてるのぉ?」
誰だこの女。
「ねえ、私を抱く気になってくれたぁ? 私いつでもウェルカムなんだけどぉ♡」
どうでもいい、誰でもいい、楓花以外の女なんざ道具にすぎねえ。
「抱いてやるよ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。抱いてやるっつってんだ。言っとくけど今すげえ苛立ってんだよね、壊すかもしんねえけどそれでもいいなら適当に抱いてやるよ」
「なにそれ、そういうのすんごく興奮する♡」
どうだったとか何をしたとかまるで記憶にねえ。所詮は道具、欲と苛立ちをぶつける玩具にすぎねえ。とくに感想もなければ気持ちよくもねえ。
「はぁ、やばっ……南雲くんエッチうますぎ♡」
「知るか、さっさと失せろ」
「ええ、ひどぉい。余韻に浸るとかないわけぇ?」
「ねえ。さっさも消えろ、じゃねえと殺すぞクソ女が」
「はいはぁい、君がそういう男の子だって知ってるから別に何とも思わないわよ~。じゃあ、ありがとね♡またよろしく~」
きしょ。あれを抱いた俺も大概きめぇけど。ったくあの女の喘ぎ声うっせぇし香水くせぇし散々だったな。
シャワーを浴びて適当に髪を拭きながらスマホを手に取った時、ディスプレイに表示された名前は茉由で応答ボタンをスワイプした。
〔あ、もっしー〕
〔んだよ〕
〔げ、なに、機嫌悪くなーい?〕
〔別に〕
〔いやぁ、集まってんでしょ?〕
〔あ?〕
〔天海隊長んとこにー。どうせまたタコパだろうしいいやーって思ったんだけど暇だし行こうかなーって。楓花も小野田も電話に出ないから南雲に一応電話したってわけー〕
いや、なに言ってんだこいつ。
〔なに言ってんの〕
〔えー? だって楓花、天海隊長んとこにいるじゃん〕
〔は?〕
〔え? タコパしてんじゃないのー?〕
〔してねぇよんなもん〕
〔まじ? ええー、たぶんあれ楓花だったと思うけどっ〕
俺はスマホを投げ捨てクソ隊長の部屋へ向かう。柄にもなく焦って走ったせいか息が死ぬほど上がって心臓が痛ぇ。息を切らしながらドアノブを握る。呼吸を整えるだのノックするだの、そんなことどうでもいい。俺は勝手にドアを開けて中に入った。
「天海隊長……っ、痛いです……そこ突かないでくださいっ」
「ごめんごめん、優しくするから」
「っ、やめてください、とんとんしないでっ」
「こらこら、逃げんなって。もっとよくしてあげるから」
「いやっ、もう無理ですっ」
間仕切りのすり硝子にぼんやりと映っている2つの影、引き戸をぶっ壊して入ると── 楓花の肩を揉んでいるクソ隊長と肩を揉まれている楓花が目を点にして俺を凝視している。
「いやぁ、ド派手な登場だねえ。ていうか殺気ヤバすぎでしょ~僕を殺す気ィ? そんなにお腹空いてたぁ? もうタコパの準備できてるよぉ? ぼちぼち君らを誘おうかなって思ってたんだ~、ね? 凪良ちゃん♡」
「ええ、はい……」
俺の殺気と引き戸を引かずにぶっ壊して乗り込んできた俺に若干引き気味な楓花を見て、昇っていた血がスッと下りていく。徐々に冷静さを取り戻すが、それと同時に『いや、にしても意味分からん。楓花に触れてんじゃねぇよ、クソ野郎が』としか思えん。
「たまたま凪良ちゃんに出会したからさぁ、暇そうだったし手伝ってもらったんだぁ♡あとはまあ、肩めちゃくちゃ凝ってそうだったから日頃のお礼も兼ねてマッサージしてあげてたのぉ、僕の手ゴットハンドで有名だから♡」
「だから♡」じゃねぇよ、殺すぞ。
「なんかすごい音聞こえましたけど殺されましたー?」
「殺されてもおかしくはないからね」
とか言いながら入ってきた茉由と瑛斗。そっから第1部隊の連中がちらほら来て、俺がぶっ壊した引き戸を怯えながらちゃちゃっと片付ける後輩共。んで呑気にタコパを始める奴ら。
いつも通り俺の隣に座ってたこ焼きを取り分け、俺に渡してくる楓花。聞きてぇことは山ほどあんのに、言葉が喉の奥につっかえて出てこねえ。
「熱いので火傷にはお気をつけください」
「あ、ああ」
第1部隊はとにかくガヤガヤうるせぇ連中の集まりだと言っても過言ではねえ、酒飲める奴ら(二十歳超え)は酒飲んでどんちゃん騒ぎしてるしな。
「楓花」
「はい」
「お前今日なにしてた」
「何を……とは?」
楓花は俺の専属護衛になるために特殊な訓練を受けている。こいつが嘘をついていても俺ですらそれを100%見切るのは不可能だ。だがそれは今通用しねぇぞ、俺はこの目で見たんだし。
「部屋にいなかったろ、茉由は学会でいなかったはずだ。どこで誰と何をしていたって聞いてんだ」
顔色一つ変えねえ、澄ました表情で焦りは一切ない。けどな、お前が嘘ついたとて俺は知ってんだぞ、男と抱き合ってたのを。
「S学内を探索していました」
「で?」
「声をかけられました」
「誰に」
「先輩にです」
「男か」
「はい」
「で、何した」
「少し話した程度です」
たぶんそれは嘘じゃねえ、嘘じゃねぇけど俺が聞きてぇのはこの先なんだよ。いや、そもそも声かけられた時点で気に入らねぇし胸クソ悪いけどな。
「で」
「で……とは?」
「で?」
「後方へ倒れそうになったのを助けていただいて連絡先を交換しました」
ああ、それか。俺が目撃した現場は……って、ちゃっかり連絡先まで交換してんのかよ。いらねえだろ、んなもん。つーか何の用があって楓花に声かけたんだ? その男は。釈然としねえ、腹立つ。
「消せ」
「何をでしょうか」
「そいつの連絡先消せよ、いらねえだろ。俺が消せって言ってんだ、今すぐ消せ」
「承知いたしました」
スマホを取り出して俺に見えるよう操作をしながら男の連絡先を削除した楓花。淡々としていて感情も読み取れねぇし、なに考えてんのかさっぱり分からねえ。
「うっわぁ、南雲ちゃんそれパワハラだよぉ」
「あ? うぜぇ、話しかけてくんな酒くせぇ」
「隊長に向かって酷い言いようだねぇ」
「つーかてめぇはセクハラだろ、ありえなくね? 部下の肩揉みとかきしょすぎんだろ」
「君が労ってあげないからじゃ~ん」
「あ?」
「しかもさぁ、凪良ちゃんにあんっな現場っ」
「天海隊長、たこ焼き焦げますよ。口より手を動かしてください」
クソ隊長の声を遮ったのは楓花で、それに意味や理由があんのか俺には分からん。が、なーんか引っかかんだよなぁ。普段と変わらねぇはず、なのにこの違和感はなんだ?
「んもぉ、凪良ちゃん人使い荒いんだからぁ。そういうところもちゅきでぇす♡」
「そうですか」
「冷た~い」
楓花にくっつこうとするクソ隊長をぶん殴って飛ばすとヘラヘラしながらたこ焼きを作り始める。
「で」
「で……とは何でしょう」
「なんか変じゃね」
「と言いますと?」
「いや、違和感」
「違和感……ですか?」
「お前今日変じゃね」
「そうですか? 申し訳ありません」
「じゃなくて、何かあったんかよって聞いてんの」
「いえ」
何もありませんけど? みてぇな表情で俺を見ている楓花にこれ以上ツッコむのは野暮すぎだろ、俺にはもうさっぱりでお手上げってやつ。
「あぁそうかよ。もう戻るぞ、疲れた」
一瞬、ほんの一瞬だったが楓花の動作が不自然に止まったのを俺は見逃さなかった。
「すみません、そろそろおいとまさせていただきます。行きましょう、凌久さま」
立ち上がってメンバーに軽く会釈をし、俺の後に続く楓花。とくに会話をすることもなくただ沈黙が流れ、別にそれが気まずいとか今さらそんなこと思わねぇし、気にするような間柄でもねぇけど、俺の気のせいじゃなければおそらく楓花の機嫌が悪い。
「なにお前、生理前?」
「いえ」
「ふーん」
クソ姉貴があーだこーだうるさかったからなぁ、昔っから。『生理前生理中生理後に気を遣えない男はもれなくシネ』とか何とか。
「そういや姉貴が帰ってこいっつってだぞ」
「わたしのほうにも真綾さんから連絡がありました。どうされますか?」
「まあ帰ればいいんじゃね? うっせぇし」
「では日程の調節をしておきます」
「ん」
まぁた姉貴にあーでもねぇこーでもねぇっつって説教食らうんだろうな、クソだりぃ。



