“身辺警護SP専門学園(略称 S学)”── 警護教育機関は国内に数校存在しているが、高卒もしくは大卒が必須項目となっており、ここS学は警護専門教育機関として国内唯一の中高一貫校である。
『S学なんて所詮中高生のガキだろ? どーせ使いもんになんねえって』そう思われても仕方ない。けれど、ただの中高生のガキだと侮ることなかれ。その愚かな思考は誤りだったとこの業界に属すればすぐ知ることになるだろう。
S学はかなりレベルが高い。全国各地から多くの志願者が集まり、第一線で活躍する有名なSPを次々と輩出してきている。
そしてここS学には特殊部隊、通称“幻影隊”と呼ばれる組織が存在していて、この幻影隊にはごくごく一部の限られた……というより正しくは“選ばれた者(能力保持者)”しか在籍できない規定となっているゆえに、幻影隊は『まぼろしの部隊』『逸材集団』『裏(影)組織』なんてちやほやされたり僻まれたり、ある意味大変な部隊だ。
「なぁにちんたら歩いてんだよ、短足」
「申し訳ありません」
「なんだ? 腹痛ぇの? うんこ? 便所行けよ」
「いいえ、問題ありません。ご心配いただきありがとうごいます」
「まっ、俺って気ィ遣える男だしね~」
「ははっ、ええ、おっしゃる通りで」
わたしの名前は凪良楓花(15歳)。そしてわたしの隣にいる如何にもハイスペック男子ですという雰囲気がダダ漏れなのが幼なじみで南雲財閥の御曹司、南雲凌久(15歳)。わたし達は同い年で中3の代。
お坊っちゃまの専属護衛を正式に任されて早2年以上、今日も今日ても敬慕するお坊っちゃまの大切なお命を全力でお守りいたします。
お坊っちゃまの護衛はこのわたしにおかませあれ── なーんて口が裂けても言いたくないわ。このわたしがこいつのこと「敬慕するお坊っちゃま」なんて本気で思うわけがないでしょ。ないない、あえりない。こんっな何様俺様御曹司のことなんて尊敬して慕うわけないでしょうが。
だいたい女子に向かって「うんこ? 便所行けよ」って信じらんないんですけど。それで気を遣えているって本気で思ってるあんたの脳ミソに驚きだよ! お花畑かおまえの脳内は!
「つーかさぁ、この俺がS学に在籍する意味ってあんの~? ほら、俺って無敵だし学ぶことなんて何一つねぇけど?」
「そうですね。けれど凌久さまのお力がこの業界には必要不可欠なのですよ」
「え~? この超絶無敵なイケメンが必要不可欠だって~?」
「左様でございます」
「お前も幸せ者だね~、俺の隣を無条件でひとり占めできて~」
「大変光栄に存じます」
はあ? 無条件? んな馬鹿な。あんたの護衛という苦行のどこが無条件なわけ? 寝言は寝てから言え。
なにが嬉しくてこんなクソお坊っちゃまの面倒を見なきゃいけないの? あーあ、ほんっとめんっどくさい。
だいたいさ、専属護衛なんて本当に必要あります? 必要ないですよね? だってあんた、わたしの何百倍も強いんだし。何のため誰のための護衛なのか教えて。
なんならわたし、足手まといになっているというか逆に守られてますけど、その辺大丈夫そう? 護衛されてますけど、御曹司に。
もう辞めたい、切実に。とはいえ、わたしは昔からこいつの世話役として育てられてきた、家柄的に。うちは代々南雲家に従える家系だから。
そしてクソお坊っちゃまの余計な一言でわたしの人生は呆気なく一瞬にしてクソお坊っちゃまのものとなってしまった。
「ふうかはおれだけのもの。おまえのものはおれのもの、おれのものはおれのものだ。いろんはみとめん」
↑これ小学1年生が吐き捨てるセリフですか? 大概にせぇ! ジャ○アンか!
クソお坊っちゃまのジャ○アン構文のせいでわたしの人生終わったんですけど? 可哀想すぎない? めちゃくちゃ哀れだよね? まあでも、わたしが凪良家に生まれた以上、こうなる宿命だったのかもしれない。
凪良家は代々南雲家の使用人として生きてきた一族。凪良家は南雲家とは違い、非S学家系で過去を遡っても誰一人としてS学に通った者はいないし、ましてや幻影隊に所属した者もいない。わたしも普通に南雲家の使用人として生きていくはずだった……のーにー! わたしは特殊能力、瞬間記憶&敵感知を身に宿し、凪良家初となる特殊能力持ち誕生~! ってなるわけ。
ちなみに南雲家ですら特殊能力持ちは歴代で2人しかおらず、クソお坊っちゃまが3人目で290年ぶりらしい。ま、南雲家はSP業だけでなく企業展開やら何やらかんらで、何やらかんやらなのよ(適当)。
で、話を戻すけれども、瞬間記憶とか敵感知ってどちらかと言えば攻撃じゃなくて守備に特化した能力じゃん? だから護衛にはもってこいってわけで南雲家からも気に入られちゃってうえにS学からもお呼びがかかっちゃうわけで……あぁしんど。
ていうかよく考えてくださいよ。このクソお坊っちゃまにわたしの護衛なんて必要ありますか? だってこのクソお坊っちゃま、結界能力持ってるんだよ? 無敵中の無敵よ。いらんでしょ、わたしなんて。
でもまあ、フルオートで結界なんて出せれるものでもないし? 出し続けられたらもはや人外なわけで、一応こいつだって人間ではあるしってことでわたしが役に立つってこともあるのよ。
ちなみにクソお坊っちゃまに限らず、わたしも含めて特殊能力保持者は全知全能というわけではない。
このクソお坊っちゃまは特殊能力に加えてフィジカルお化けだしメンタルお化けだし……まあ無敵ってわけなんだけど、弱点というか強いていうなら今のところ結界を複数張れないのがネックって感じかな?
自身の守りに徹すると攻撃として結界が使えなくなるし、便利そうで不便ってやつなんだけど、まあこのクソお坊っちゃまには能力だのなんだのあまり関係ないかも、気持ち悪いくらいバカ強いし。ほんっと引くレベルで。ポテンシャルが段違いなのよ、この人。
「つーかザコ任務なんてザコにやらしときゃよくねえ?」
言いたいことは正直分からなくもない。任務には難易度というものが必ず存在していて、凌久レベルになると容易な任務は面倒でしかないだろう。
「どうします? 人手も足りていそうですし、お休みになられますか?」
休め、わたしが休みたい。
「うーんまあ……お前次第だな」
「わたし、ですか?」
クソお坊っちゃまを見上げると視線が絡み合う。ああ、それにしても本当にいい顔してるわぁ、まじで勿体ない。来世ではその腐った性格でないことを祈れ。
「お前次第で任務に行ってやるよ」
にやりと笑うクソお坊っちゃま。自信に満ち溢れ、優越感に浸っているような表情と態度に腹が立つ。ていうかわたし、休みたいんですけど!? 日頃のストレス(クソお坊っちゃま)で気が狂いそうなのよ!
だいたいどうせ『褒めろ、称えろ、敬え』でしょ? あんた絶対結婚どころか彼女すらできないと思うよ? 時代錯誤の亭主関白気質クソ野郎が。
「“さ”すが凌久さまですね。自身の能力や実績を驕らず謙虚でいらっしゃる」
「まぁな? 最近結界張れるかなり時間延びてきてるし? 俺ってすげぇよな」
「“知”らなかったです! 凌久さまの向上心は素晴らしい!」
「ま、まあ? 努力っつうか生まれつきの才能ってやつ?」
「“す”ごいですね、とても羨ましいです」
「だろ? お前も俺ほどではないが才能あるほうなんじゃね?」
「“そ”うなんですか? 凌久さまにそう仰っていただけて大変嬉しく思います」
「ははっ! お前って大袈裟だよな~!」
でしょうね、大袈裟に言ってるんだし。しかもこれね? “男を褒める言葉 さしすせそ”ってやつなの。ネットで検索したらそれっぽいのすぐ出てくるよ。
わたしはクソお坊っちゃまの瞳を捉えて優し~く微笑みかけた。これでクソお坊っちゃまのご機嫌は上々でしょう。
「ったく、しゃあねぇな~。お前の小遣い稼ぎの手伝いでもしてやるよ」
「恐れ入ります」
こいつがモテる意味がまぁじでわからん、リアルに無理すぎる。
ちらりと凌久を見上げると頭の後ろで手を組み、鼻歌交じりでご満悦そう。まあ、こいつのこういうお馬鹿っぽいところは嫌いじゃないし、ちょっと可愛いなとすら思うわたしは……きっとイカれてるんだわ。汚染されてるのよ、南雲凌久に!
「俺を楽しませてくれよ、楓花ちゃーん」
うざ、まじうざ、殴るぞそのにやけ顔。
「凌久さまのご期待に添えるよう頑張りますので、ご指導のほどよろしくお願いします」
「あっそー。つかさぁ、その“さま”いらねえって言ってんだろ? 敬語もいらん。学習能力皆無かぁ? ったく、堅っ苦しくて鬱陶しいわ」
おい、知ってるか? “身分差”と“主従関係”ってものがわたし達の間には存在するのを、残念ながらね。同い年の幼なじみだけど、上下関係ってものがしっかりあるの、残念ながらね。こればっかりは覆しようもないし、正直もうなんっとも思わない。わたしは来世に期待する、現世は諦めた。
「いえ、そういうわけにはいきません」
「あぁそうかよ。昔は「凌久ぅ凌久ぅ」ってうるさかったくせに」
拗ねるなよ、そんなことで。ていうか昔のことなんて忘れたよ、わたしは。現在が怒涛すぎて。
「ははっ、そんな時もありましたかね」
「なんっだお前、クソ萎えるわ」
ええ、その言葉そのままそっくりお返ししますわ── って、そんな冷めた瞳でわたしを見下ろすなっての……どことなく寂しげだし。あぁもうっ!!
「……ごめん、凌久」
いつぶりだろう、「凌久」なんて声に出しで呼んだの。いつぶりだろう、「ごめん」だなんてタメ口使ったの。なんか妙に小っ恥ずかしいな、なんて思いながら凌久を見上げると、少し驚いてはいるものの嬉しそうというか── とても優しい瞳でわたしを見つめていた。
「お前、乳でかくなった?」
「……」
は? いや、は? こいつまじか、やばすぎ。信じらんないんですど。何様俺様なうえに時代錯誤の亭主関白気質野郎でデリカシーの欠片もないような男がセクハラ発言ですか? いやぁ、いよいよクライマックスに突入ですかね? 救いようのないクソクズ野郎の完成まで残り1%くらいでしょ。
「アハハ、ナニを仰いますカー」
「なんでカタコトなんだよ」
「イエ、別ニ」
「ふーん? んじゃ、根城に向かいますか~」
「はい」
あぁあ、なんでこんな幼なじみとずっと一緒にいるんだろう、わたし。どうせ根城(幻影隊の拠点)に行っても、あーだこーだと喧嘩腰っていうかもはや喧嘩しかしないじゃん、めんっどくさ。なんでこうも協調性がないかね、この人は。
「如何なる時も気ィ抜くんじゃねぇぞ~」
「御意」
はあ? あんたの護衛中、常日頃一緒だからわたしが気を抜ける時なんてほぼないわ!
だいたい敵感知ってようは敵意を感知するって能力だから結構神経使うのよ、すり減るの疲れるの! 瞬間記憶だって、なにがどう凌久に繋がっていくか分からないから常に満遍なく記憶するようにしてるし、疲れるのよこれも!
わたしの瞬間記憶は写真のように見たものを記憶する“フォトグラフィックメモリー”なんだけど、これもそこまで万能というわけではない。
ちゃんと記憶しようと見なければしっかりインプットされてるんだけど、記憶しようとしていない時は『ああ、なんとなく見たなぁ、なんだっけ、どうだっけ』と記憶を辿るのにかなーり時間がかかることもあるある。
さっきも言ったけど、特殊能力保持者だからといって全知全能ではないということだ。
わたし達は厳重なセキュリティ(警備員に学生証提示(警備員が目視で確認)→各自与えられているナンバー(4桁の数字、この番号は口外無用)を機械に入力→指紋認証&顔認証をクリアしてようやく重い自動扉が開く。
「ったく毎度毎度めんどくせぇなこれ」
「致し方ないですね、こればかりは」
ここは特にセキュリティが厳重にされている。全国のあらゆる情報やわたし達能力者の情報など全てが集まっているから。
「つーかさぁ、今年の1年マジで使いもんになんねぇからさっさと幻影抜けさせたほうがよくね?」
「ええ、まあ」
SPはありふれた職業でないのが大前提だけど、民間警護も含めると全国にそれなりの人員がいるし、S学の生徒ですら200人近くいる。けれど、ここ幻影隊に所属できる人材ってほんの一握りで、幻影隊はSP界の要……いや、日本警察の要と言っても過言ではない。一度在籍したら辞めさせるのは酷であるけれど、諦めさせるのも本人のためになることだってある。
「ったく、あのヘビスモババアなに考えてんだか~」
幻影隊に属するわたし達は学生ながら警察庁の公的機関に所属し、れっきとしたSPでもあり、幻影隊は要人警護以外にも事件や事故などの様々な業務も請け負っていて、生半可な者では勤まらないのが現状。要するに幻影隊は特殊警察なのである。
「陰気くせぇ」
モニターだらけのコントロールルーム、ここがわたし達の集いの場だったりする。コントロールルームを中心として、わたし達は各隊ごとに割り振られたルームへ移動する流れになる=幻影隊の根城はかなーり広い。
「はよー、相変わらず仲良く出勤ー?」
「おはようございます、手塚さん」
我が物顔でソファーに転がりながらお菓子を貪っている図太い神経の持ち主は同期でわたしの親友、手塚茉由。凄腕の治癒能力保持者で近接戦闘も得意。
「楓花も大変だな、こんなわがままで横暴なクズ男の面倒を押しつけられて」
「おはようございます、小野田君」
足を組んで偉そうにソファーでふんぞり返っている図太い神経の持ち主は同期で凌久の親友の小野田瑛斗。瑛斗は瞬間移動能力保持者でごりごりの武闘派、こちらも引くレベルでバカ強い。
「はいはいザコの戯れ言~」
なんて言いながらボフッとソファーに座った凌久もそりゃそりゃ偉そうにふんぞり返っている。先輩や大人達もいるのに、ほんっと図太い神経してるわこの人達。
「よぉ、図々しいガキども」
いや、一緒の括りにしないでわたしを。
「お疲れ様です、二輪さん」
二輪瑠々子、ここの統括責任者でヘビースモーカー。この人の特殊能力は怪力、とてもシンプルなものだけど相当やばいって噂。怒らせるとやばい、死ぬってみんな口を揃えて言う。まあ、この人が幻影隊の総指揮官になるわけで、現場に出ることはほぼ確実にない。
「相変わらず胡散臭ぇなぁ、おめぇはよ」
「ははは、何のことでしょう」
「はっ、大変だなぁ? ボンボンの子守りってやつはよぉ」
わたしの素性を知る者はいない。いや、さすがに両親は知ってるけど。わたしは今日も今日とて幼なじみのクソお坊っちゃまを華麗に欺く、そして仲間達も。まぁぶっちゃけ茉由には申し訳ないなとは思ってるけど、どこでどう綻びが生じるか分からないから、わたしは徹底するの。
「ところで賜賜組よ~、どうだぁ? 後輩の育ちは~」
「あ? ザコしかおらん、話になんねえ」
「まぁまぁそう言うなよ凌久。緊急時の避難誘導くらいなら役に立つんじゃないかな?」
「なにそれー、いてもいなくても変わんないじゃんウケる。ま、猫の手も借りたいって時には役に立つんじゃないのー?」
「そうかぁ。まぁおめぇらはバグみてぇなもんだからなぁ。そりゃ感覚鈍るわな」
わたし達は“天の賜物”だとかなんだかと言われていて“賜賜組”なんて呼ばれるようになった。とんでもなくダサいけど、この呼び名は二輪さんが命名したから、ぐちぐち言うと面倒だし諦めている。
「はいはぁい! おはよ~さぁん! いやぁ、どの角度からどう見ても普通だねぇ、凪良ちゃんは~♡」
それ褒めてるの? 貶してるの? どっち。
わたしの肩を掴んで抱き寄せるのは、幻影隊第1部隊隊長の天海岳(20歳)。賜賜組が配属されているのが第1部隊だから、天海隊長はわたし達の直属の上司ってことになる。
「天海隊長、おはようございます」
「いやぁ、相も変わらず動じないね~? さすが南雲坊っちゃんの専属護衛~」
慣れ、この一言に尽きる。
背は凌久ほど高くはないけれど高いし、童顔で甘いマスクって感じで黒髪さらさらマッシュヘア。凌久とは真逆なタイプって感じ。正直かっこいい、けーれーどーもー! 酒豪 ヘビスモ 若干短気(凌久よりはマシ) 女遊びが激しい などなど、いわゆる“付き合ったら苦労する”タイプの男である。
「おい、触ってんじゃねえよ」
「ええ? 別に君のものじゃないじゃ~ん」
「あ?」
「ほら、凪良ちゃんも嫌がってないし~♡」
ソファーで偉そうにふんぞり返っている超絶不機嫌そうな凌久。それを見てさらにペタペタ触ってくる天海隊長に無の境地なわたし。
「テメェ殺すぞ」
「ええ? 君に僕が殺れるのかなぁ?」
「あーあ、まーた始まったよー」
「よせ凌久、上層部にこっぴどく叱られたばかりだろ」
そう、この前もこんなような状況……というか、この前のは天海隊長がさすがに煽りすぎたっていうか、わたしにちょっかいを出しすぎたというか……まあ、凌久は謎に過保護な一面もあって、わたしが異性と関わるのを過度に嫌がる節があるせいで大惨事になったのよ。コントロールルームでブチギレた凌久とおちゃらけ天海隊長との乱闘が勃発して、それはそれは大変なことになった。
「やめろおめぇら。前回のでわっちの給料減らされてんだわボケカスがよぉ、殺すぞ~」
最強3人衆(二輪・天海・南雲)の異様な雰囲気にコントロールルームにいる賜賜組以外の面子は固唾を呑み、緊張しているのが伝わってくる。
コントロールルームには非戦闘員や非能力者もたくさんいるわけで、天才ハッカーやPCスキルが高い・情報システムに詳しい人などなど、現場に出る戦闘要員とは感覚が違うから可哀想に、みんな怯えてるし。
「楓花」
わたしの名前を呼んだ凌久は殺気立ちながら顎で『俺の隣に来い』と言っております。わたしの行動次第で凌久がブチギレるかどうかが決まる。
わたしは肩に乗ってる天海隊長の手を控えめに払って凌久のもとへ向かった。すると荒々しくわたしの手首を掴んでぐんぐん引っ張っていく。
おそらく寮へ戻るつもりだろう、今日は仕事になんないだろうしいっか。
さてと、ここで軽く紹介でもしておきましょうか。わたしの腕を掴んでムスッとしながら超絶不機嫌そうに隣を歩いているクソお坊っちゃまのことを。
何様俺様な性格以外は完璧(超ハイスペ)と言っても過言ではない南雲凌久。SP界のみならず他分野でも活躍している南雲家の次期当主になるであろう凌久は、とにかくモテるし命を狙われることもあったりなかったり。
「お前マジで隙だらけすぎんだろ」
「申し訳ありません」
「うぜえ」
凌久は人に弱みなんて見せないし、努力とかそんなものは決して人に見せない(プライドが高すぎる)。まあ、そもそも努力なんてものをしているのかは不明だけどね? だって人間としての格が違うっていうかアベレージが違うんだよね、この人は。
「凌久さま」
「あ? んだよ」
「すみません、腕……痛いです」
「あぁ悪い」
わたしの腕から手を離した凌久はどこか寂しげな表現で、時々こういう表情をするから幼なじみであるわたしはちょっと心配になるのよね。
南雲家に生まれた重責みたいなものを抱えているんじゃないか、強さゆえの孤独みたいなものがあるんじゃないか、とか……だからわたしは凌久の専属護衛にって話が浮上した時に、どうせわたしに拒否権はないんだし、こうなったらやってやるわってほぼ自暴自棄になったけれども、ちゃんと覚悟を決めて凌久の隣に立つことを決めたの。わたしが隣にいる時くらいは少しでも普通の人としていれるように、置いていかれないように。
そしてわたしは強くなった……生半可な覚悟や努力でこの人の隣に立っているわけではない。



