そんなつもりはなかったのに、半分は自分に言い聞かせているみたいになった。
速見くんは臆せず見返してくる。
「いままでは?」
「合わせてただけ。本当の自分なんて見せたら嫌われるでしょ」
嫌われたくないから、ずっと自分を偽ってきた。
いや、現在進行形だ。
胸の内にもやもやしたものが立ち込めていく。
彼には分からないだろう。
純粋で清潔な彼には、薄汚れたわたしの気持ちなんて。
「……まあ、信じるのは怖いよね」
意外な言葉が返ってきて、靄の濃度が下がった。
そんなことない、なんて無責任で生ぬるいことを言い出したらたぶん八つ当たりしていた。
速見くんは「でも」と目の奥を覗き込んでくる。
「楽しい?」
瞳が揺れるのを自覚した。
延々唸っていた難問の答えにふいにたどり着いたみたいな、目から鱗が落ちる感覚がした。
楽しい? たのしい……?
そんな次元の基準では決められないほど、あらゆる物事は複雑なんだよ。
喉が詰まって苦しくなった。
押し殺して踏みつけてきた本音の部分にまで、速見くんが光を当てようとするから。
「おはよー、ふたりとも」
答えられないでいると、唐突に場違いなほど明るい声が聞こえてきた。
辻くんが屈託のない笑顔をたたえながら歩み寄ってくる。
「6月なのにもう暑いよな。もう半袖でちょうどいい……つか、あれ? 何かあった?」
ぱたぱたと仰いでいた手を止め、いつになく神妙なわたしたちを見比べた。
「え、何か……大丈夫?」
辻くんの困惑気味な笑みが曇る。
そんなに尋常ならざる顔でもしていただろうか。
こちらへ踏み出してきた彼から、とっさに逃れるようにきびすを返した。
「乙葉?」
呼び止める声を耳にしながらも、頭の中には速見くんの言葉がぐるぐる巡って居座っていた。
ないがしろにしてきた自分の気持ちに、首を絞められているような気がした。
「ちょっと待って」
階段にさしかかる手前で手首を掴まれる。
辻くんが追ってきたらしかった。
自分がどんな顔をしているか分からなくて、なるべく視線から逃れようとうつむいていると、人の流れを避けるように廊下の端へと引かれる。
逃げる素振りを見せなかったからか、そこで解放してくれた。
「もしかして、千紘に何かやなことでも言われた?」
ずばり当たっているのだけれど、だからと言って素直に頷けない。
あれを“嫌なこと”と捉えている時点で自分自身の本音を自覚する。
けれど、認めてしまったらすべてを失うと分かっているから、また押し殺して踏んづけた。
「……言われたんだ、やっぱり。じゃあ追いかけてきてよかった」



