「ユウナちゃん、おはよう! 見てくれた?」
わたしはユウナが教室に入ってくるなり手を振って呼びかけた。
ユウナはちょっと戸惑ったような表情を見せたけど、
「え? ああ、うん、見たよ」
いつもやってる恒例のあいさつだから、ユウナはすぐになんのことか理解したみたいだった。
ユウナはわたし以上に犬好きだ。
だけど、ユウナのうちには犬がいない。捨て犬を見つけようと、保護された犬がいようと、アパートだから犬は飼えないんだって。
それでもめげすに、
「ネットにある動物は拾い放題!」
と、動画や画像を集めたり、飼い主さんをフォローしたりしていた。
それをユウナは『うちの子登録』と呼んでいるが、クゥちゃんもそのうちの一匹だ。
なかでも覚えたての「お手」を披露する動画はお気に入り。
クゥちゃんは自分の手を大きく振りかぶってお手をしようとするので、「まねき犬にしか見えない」と何度も再生させてクスクスと笑っていた。
ティッシュに溺れてショボンとしているクゥちゃんもきっと気に入るはずだった。
でもきのうは「いいね」もしてくれなくて。
たぶん塾で忙しかったのかも。反応を返す暇もなかったらしい。
だから、反応が知りたかった。
「クゥちゃんったら、最高でしょ?」
いいながら、わたしが先におもしろくなってしまった。
目撃した瞬間は悲劇でしかなかったが、いまとなっては思い出し笑いがとまらない。クゥちゃんったら、怒られるとわかっていて、やってしまうんだもの。
「うん、そうだね」
ユウナは細いヘアピンで留めた前髪をなでつけながら、はにかんだ。
クラスでも背が低い方のユウナは性格もひかえめで、あまり目立つ存在ではない。
5年生になるのにラベンダー色のランドセルもピカピカで、わたしと違ってがさつに振る舞うこともないのだ。
「あ、それ――」
ユウナのランドセルにぶら下がっているオレンジ色の巾着に目をとめた。
「え?」
ユウナはわたしの視線の先に気がつくと、ハッとしたような表情を見せ、体をねじると巾着をたぐりよせて大事そうに抱えた。
体操服でも入っているのか、パンパンに膨らんでいる。
「もう! とったりしないってば」
冗談いいながら、巾着をあらためて見た。
隅の方には犬のワッペンがついている。『タワシバ』だ。
タワシと柴犬が合わさったキャラクターで、ユウナのお気に入りだってことはクラスの女子ならたいていは知っている。
持ち物すべてがタワシバのグッズじゃないかってほどはまっているのだ。
「新作だ。相変わらず悪い顔してるねぇ」
タワシバはほっこりするというよりは、ブラックな一面を持つイタズラ好きなキャラクター。
その新しい絵柄は、おしりを突き出し、顔はこっちを振り返りつつも、見ている者に向かって後ろ足で砂をかけている、そんな構図だった。
それでも本物の悪というかんじがしなくて、なぜだか愛らしい。
「刺繍ワッペンの新作が出たから、自分で巾着をつくってつけてみたの」
「ええ! 巾着をつくったの! すごい!」
ぜんぜん大げさじゃないのに、ユウナは恥ずかしそうに「そんなことないよ」といった。
ユウナはグッズを入れるケースとかをデコるのも得意だった。SNSで自慢したらいいのにといっても、こんなの普通だよって、自分からはなにも発信してない。
わたしだったら自慢したいし、だれかと共有したくなっちゃうけどね。
「ユウナ! 見せて見せて!」
騒々しくかけよってきたのは琴音と紀香だった。
同じ塾に通っているとかで、ユウナと一緒にいることの多いふたりだけど、ユウナとは本当に気が合ってるのかなと、ふしぎなくらい性格が正反対だった。
琴音はユウナから奪い取るように巾着をわしづかみにする。
「やっぱかわいいー!」
紀香もわたしを押しのけるようにして割り込んでくる。
「かわいいけどさ、やっぱ、未唯んところの犬の方がかわいいよ」
「そりゃそうでしょ。本物だもん。ティッシュまで食べるとか。うける。ヒツジかっていうの」
「それをいうならヤギじゃない?」
飼い主が目の前にいるっていうのに、ふたりは微妙にふざけて声高に笑い飛ばした。
わたしのことなんて眼中にないってかんじで、ユウナを連れて嵐のごとく去って行った。
気に入らないなら見なければいいのに。
わざと関わってバカにするとか、ほんと、イヤなかんじ。
それともユウナが取られそうとか思ってんのかな。
ユウナは誰のものでもないじゃん。
ほんと、勝手なんだから!
わたしはユウナが教室に入ってくるなり手を振って呼びかけた。
ユウナはちょっと戸惑ったような表情を見せたけど、
「え? ああ、うん、見たよ」
いつもやってる恒例のあいさつだから、ユウナはすぐになんのことか理解したみたいだった。
ユウナはわたし以上に犬好きだ。
だけど、ユウナのうちには犬がいない。捨て犬を見つけようと、保護された犬がいようと、アパートだから犬は飼えないんだって。
それでもめげすに、
「ネットにある動物は拾い放題!」
と、動画や画像を集めたり、飼い主さんをフォローしたりしていた。
それをユウナは『うちの子登録』と呼んでいるが、クゥちゃんもそのうちの一匹だ。
なかでも覚えたての「お手」を披露する動画はお気に入り。
クゥちゃんは自分の手を大きく振りかぶってお手をしようとするので、「まねき犬にしか見えない」と何度も再生させてクスクスと笑っていた。
ティッシュに溺れてショボンとしているクゥちゃんもきっと気に入るはずだった。
でもきのうは「いいね」もしてくれなくて。
たぶん塾で忙しかったのかも。反応を返す暇もなかったらしい。
だから、反応が知りたかった。
「クゥちゃんったら、最高でしょ?」
いいながら、わたしが先におもしろくなってしまった。
目撃した瞬間は悲劇でしかなかったが、いまとなっては思い出し笑いがとまらない。クゥちゃんったら、怒られるとわかっていて、やってしまうんだもの。
「うん、そうだね」
ユウナは細いヘアピンで留めた前髪をなでつけながら、はにかんだ。
クラスでも背が低い方のユウナは性格もひかえめで、あまり目立つ存在ではない。
5年生になるのにラベンダー色のランドセルもピカピカで、わたしと違ってがさつに振る舞うこともないのだ。
「あ、それ――」
ユウナのランドセルにぶら下がっているオレンジ色の巾着に目をとめた。
「え?」
ユウナはわたしの視線の先に気がつくと、ハッとしたような表情を見せ、体をねじると巾着をたぐりよせて大事そうに抱えた。
体操服でも入っているのか、パンパンに膨らんでいる。
「もう! とったりしないってば」
冗談いいながら、巾着をあらためて見た。
隅の方には犬のワッペンがついている。『タワシバ』だ。
タワシと柴犬が合わさったキャラクターで、ユウナのお気に入りだってことはクラスの女子ならたいていは知っている。
持ち物すべてがタワシバのグッズじゃないかってほどはまっているのだ。
「新作だ。相変わらず悪い顔してるねぇ」
タワシバはほっこりするというよりは、ブラックな一面を持つイタズラ好きなキャラクター。
その新しい絵柄は、おしりを突き出し、顔はこっちを振り返りつつも、見ている者に向かって後ろ足で砂をかけている、そんな構図だった。
それでも本物の悪というかんじがしなくて、なぜだか愛らしい。
「刺繍ワッペンの新作が出たから、自分で巾着をつくってつけてみたの」
「ええ! 巾着をつくったの! すごい!」
ぜんぜん大げさじゃないのに、ユウナは恥ずかしそうに「そんなことないよ」といった。
ユウナはグッズを入れるケースとかをデコるのも得意だった。SNSで自慢したらいいのにといっても、こんなの普通だよって、自分からはなにも発信してない。
わたしだったら自慢したいし、だれかと共有したくなっちゃうけどね。
「ユウナ! 見せて見せて!」
騒々しくかけよってきたのは琴音と紀香だった。
同じ塾に通っているとかで、ユウナと一緒にいることの多いふたりだけど、ユウナとは本当に気が合ってるのかなと、ふしぎなくらい性格が正反対だった。
琴音はユウナから奪い取るように巾着をわしづかみにする。
「やっぱかわいいー!」
紀香もわたしを押しのけるようにして割り込んでくる。
「かわいいけどさ、やっぱ、未唯んところの犬の方がかわいいよ」
「そりゃそうでしょ。本物だもん。ティッシュまで食べるとか。うける。ヒツジかっていうの」
「それをいうならヤギじゃない?」
飼い主が目の前にいるっていうのに、ふたりは微妙にふざけて声高に笑い飛ばした。
わたしのことなんて眼中にないってかんじで、ユウナを連れて嵐のごとく去って行った。
気に入らないなら見なければいいのに。
わざと関わってバカにするとか、ほんと、イヤなかんじ。
それともユウナが取られそうとか思ってんのかな。
ユウナは誰のものでもないじゃん。
ほんと、勝手なんだから!



