あなたの家族になりたい

 そういうことを、何日かあとに納品に行ったついでに藤乃に愚痴ったら笑われた。ついでにその場にいた藤乃の友達、江里理人も苦笑した。


「その女性、小柄なんじゃないですか?」

「え? あー、そうかも。これくらい」


 胸の辺りを手で指す。


「自分よりそれだけ大柄な男にイラつかれたら、普通の女は怖いと思いますよ」

「え?」

「瑞希さん、大きいですから。顔つきもキツめですし。それに、不機嫌で自分で反省するくらいキツイ言い方をしたんですよね。怖いですよ。僕もちょっと引きます」


 言われてみれば、そうかも。

 理人を見る。俺より数センチ背が低いけど、肩幅とか身体の厚みはたぶん半分くらい……言い過ぎかもしれないけど、俺より薄い。

 そいつから見て怖いってことは、あの折れそうな女はどう思ったんだろう。


「理人、もっと言ってやって。瑞希はそういうところ鈍いから」


 手元で花をまとめながら藤乃が言う。

 他人に対する鈍さについて、こいつにだけは言われたくない。…でも、俺がやらかしたのは間違いないから何も言えない。


「なんつーか、俺、優しくねえな」

「ああ、だから藤乃さんと瑞希さんは仲がいいんですね」


 理人に即答されて、ちょっとムカついたけど、なんか言う前に藤乃が頷いた。


「そうだよ。俺と瑞希は他人への優しくなさが同じだからね。面倒だろ、どうでもいい相手に優しくしないといけないのさ」


 普通に酷い発言だけど、じゃあ俺があの女に優しくするかって言ったら面倒だしな。


「ていうかさ、優しいやつは学年の女の子の三分の一をセフレにしたりしないんだよ」

「……いつの話だよ」


 懐かしい話だ。もう十四、五年も前のことだ。


「うわ、なんですか、それ」


 理人が嫌そうな顔をする。


「そのままだよ」


 藤乃の手元でブーケが一つできあがる。伝票を貼り付け、水を張ったバケツにそっと置く。


「こいつ、高校のときの小遣い全部ゴムとホテル代に使っててさ。挙句に卒業旅行は俺と免許合宿行ったから、瑞希の本命は俺なんじゃないかって噂されて面倒だったよ」

「は?そんな噂あったのか?」


 知らなかった。んなわけあるかよ、気持ち悪い。


「一年のときから散々聞かれてたよ。『瑞希くんの本命って須藤くんですか?』って」

「いや、言えよ」

「やだよ、気持ち悪い」

「女子ってそういう話好きですからね……」

 理人も遠くを見ていた。顔が綺麗だから、たぶん俺や藤乃以上にあれこれ言われてきたんだろう。ご苦労なこった。


「理人もあるんだ? 葵がそばにいただろ?」


 葵ちゃんは藤乃の幼馴染みの美人だ。大学を出たあと警察官になって、今でもたまに藤乃のところには顔を出すらしいけど。


「葵ちゃん、こいつと付き合ってたん、」

「やめてください。菅野さんだけはないです」


 拒否が早すぎる。思わず吹き出したら、嫌な顔をされた。


「菅野さんは女避けです。多少のやっかみはありますが、隣にいても不快になりませんしね」

「じゃあ付き合えよ」

「嫌です。向こうだって絶対に嫌でしょうしね。それに昔のことです。僕にはちゃんと彼女がいますから」

「へえ……」

「とにかく、お見合い相手なんですよね? いずれ結婚するなら、仲良くしてもいいと思いますけど」

「結婚、すんのかな」

「俺に聞くなよ」


 藤乃は笑って、今度はアレンジを作り始めた。ぼちぼち年末で、花屋は忙しいらしく、雑談しながらも手は止めない。

 藤乃の嫁になった花音は、藤乃の母親と顔見せがてら納品に行ってるらしい。


「まあいいや。帰る」

「はいよ。お疲れ」

「お疲れ様です」


 二人に見送られて、店の裏口から出る。

 え、結婚すんの? あのおどおどした女と?

 結婚するってことはヤんの?

 ベッドであの調子で謝られたら萎えるな。

 思わずため息をついて、車に乗り込む。