あなたの家族になりたい

 数日後の昼過ぎ、車で待ち合わせの駅に向かう。

 駅前のロータリーに相手……美園澪がやっぱりぼんやりした顔で立っていた。


「どーも」

「こ、こんにちは……」

「乗って」

「は、はい」


 失礼します……と蚊の鳴くような声で呟いて、助手席に腰を下ろす。

 前回は着物で細いと思ったけど、洋服だともっと細く見える。


「ちゃんと飯食ってる?」

「食べてる、つもりです」


 困った顔をチラ見して、アクセルをゆっくり踏み込んだ。

 車で少し走って、近くにある大型のホームセンターにやって来た。ここならだいたいの生活用品が揃うはずだ。


「えっと、食器と布団と……あと何か必要なものある?」

「あの、ご迷惑になるので、あるもので……」

「ない。うちにあんたが生活するのに必要なもんは何もねえ。だから買う」

「……はい」

「それ遠慮のつもり? 面倒だからやめろ。質問に答えろ」


 なんだかなあ。なんでか知らんけど、俺はこの女を前にするとやたらキツくなる。


「ごめんなさい」

「謝らなくていい。他人の家に住むにあたって必要なもん。食器と寝具以外」

「えっと、歯ブラシと風呂で身体洗うスポンジ……あとタオル、あると嬉しいです」

「わかった。先に布団と枕買って、でかいから送る」

「は、はい」


 手前にあった寝具のコーナーでベッドに敷くマットやシーツ、掛け布団なんかを買っていく。

 ベッドは花音が使ってたものでよくても、シーツとかは嫌だろうし。こいつに聞いても嫌だとは言わないだろうから、もう聞かない。買わなくて花音にデリカシーの無さを責められるのは俺だ。

 とはいえ掛け布団はいろいろある。ふかふかしたのとか、すべすべしたのとか。


「掛け布団はどれがいい? どれでもいいとか言うなよ、面倒だから」

「え、えっと……じゃあ、これがいいです」


 選んだのは濃い灰色のふかふかした布団だった。頷いてカートに積む。枕と、枕にかけるカバーも同じシリーズにしている。

 枕の隣に、同じ生地で作られたペンギンのぬいぐるみが置いてあった。五十センチくらいのそれを、彼女はぼんやりした顔で見つめている。


「これ?」

「えっ、あっ、いえ、それは……」

「ほしいなら買うけど」

「でも、邪魔になるので……」

「なんの?」


 聞き返すと、彼女の目が丸くなった。そういう顔もするらしい。


「聞いてない? 妹の部屋が空いたから、あんたにはそこを使ってもらう。その部屋はあんたが好きにしていい。家の仕事と家事をちゃんとすれば、ペンギンだろうが何だろうが置いていい」

「そう、なんですか……」


 ぽかんとしているので、ペンギンをカートの一番上に乗せる。


「寝具はこれでいいかな。いったん会計して……あーでもこれくらいなら車に積めるな。会計たら、車に積みにいく」


 レジでどっちが払うか揉めたから、寝具は全部払ってもらって、ペンギンだけ俺が出した。

 車の荷台に寝具を積む。ペンギンは後部座席に座らせようとしたけど「盗まれたら困る」って言うから、こいつも荷台に乗せた。

 ここで売ってるぬいぐるみ盗むやつなんかいねえと思うけど。

 こいつが自分から主張したのは初めてだし、俺にはどうでもいいから言うとおりにする。