あなたの家族になりたい

 瑞希さんの手を引いて、二階に上がる。奥まで進んで、右の扉の前で私は立ち止まった。


「部屋、入りますね」

「……うん」


 頷いてくれたのを確認して扉を開ける。

 明かりをつけようとしたら手を引っ張られた。

 ベッドの前まで連れて行かれる。

 瑞希さんは私の手を握りなおした。


「……俺、ふらついてるから、手え離していいよ」


 いつもより、ゆっくり、低い声で言われる。

 それがどういう意味か、わからないほど子どもじゃない。


「離したく、ないです」

「意味、わかって言ってる?」


 さっきより、ちょっと早口で言われた。


「あのさ……いや、いいや。上手く言えねえし」


 うまく言えないのは、私も同じだ。

 つないだままの手をきゅっと握り返す。


「澪」

「……はい」

「今なら、まだ、自分の部屋で寝られるけど」


 思わず笑いそうになる。

 こんなに強く私の手を握り締めているのに、それを振りほどいて自分の部屋になんて戻れないよ。


「瑞希さん、説得力ないです」


 一瞬だけ、握る手の力が緩む。

 握り直す前に瑞希さんの太い指が私の指を絡め取った。


「……手の怪我、全部治った?」

「全部は治ってないです。でも、もう痛くないから、大丈夫です」


 指を握り返す。

 あなたが寄り添ってくれたから、まだ傷跡はあっても痛くない。

 肩が触れる。低い声が耳元に落ちる。


「あのさ……、誰かと、したことある?」

「……なくは、ないです。えっと……しようとしたけど、最後まではできませんでした」


 大学生のときに、一度だけ。

 それでできなくて、もうダメだった。


「そっか」

「……痛くて、ダメでした」

「痛くてダメだったのに、またしようとしてるのか。……馬鹿だな、お前」


 そう言われちゃうとそうなんだけど。

 でも、私はあなたと夜を越したい。


「俺、謝られると萎えるから、謝んないで」

「……わかりました」

「でも、痛かったり、嫌だったら言って」

「わかりました」

「澪」

「はい」