あなたの家族になりたい

 ビュッフェの時間ギリギリまで食べて、食べ過ぎて苦しいから車はそのままにして近くの浜辺に散歩にきた。

 初夏の穏やかで湿っぽい風が、澪の髪とスカートを揺らしている。

 ……そういえば、今日はスカートなんだな。

 いつもはジーパンとシャツとか、スラックスとシャツとか、さっぱりした服な気がする。

「なんか、珍しい格好してんね」

「お義母さんが、せっかくだからと選んでくださったんです。先週、瑞希さんが誘ってくれたあとに」

「……そっか」


 おかしいな。ホワイトデーのお返しで今日は誘ったつもりだったんだけど。

 それに、こいつはわざわざ服を用意してきたのか。……そうか。


「来年のバレンタインも、チョコの家がいい」

「は、はい、わかりました。用意します」

「そんで、またなんか美味いもん食いに行こう。お前が作る飯ほどじゃないかもしれないけど」

「……そんなことは……。えっと、楽しみにしてます」

「その前にさ、行きたいところあるから付き合って」

「はい、ぜひ」


 スマホでお気に入りのカフェを表示して見せる。

 一人でもぜんぜん行くけど、こいつがニコニコしているのを見ながら食べたら、もっと美味しい気がする。


「他にもさ、いろいろ行こう。うちに、うちには、お前が出かけるのを嫌がるやつなんかいないから」

「……はい。瑞希さん、ありがとうございます」


 手を引っ張って歩く。特に何か話すわけじゃない。

 砂浜は歩きにくいし、足は砂だらけで、潮風で顔がベタベタしてきた。


「瑞希さん」

「んー?」

「夜の海ってきれいですね」


 澪が遠くを見ている。

 月明かりに照らされた横顔は、穏やかに微笑んでいて、やけに眩しい。


「……そだね。お前のほうがきれいって言ったほうがいい?」

「いっ、言わなくていいです……」

「また来よう。じいさんばあさんになっても、一緒に来よう」

「……はい」


 立ち止まって、振り向いた。澪が顔を上げる。

 触れるだけのキスをして、また歩き出す。

 ……藤乃のこと、キザ野郎って馬鹿にできなくなった。



 帰ってから、潮風でベタついた体を流す。

 親が帰ってくるのは明日の夕方だっけか。

 自分の部屋で明日の仕事を確認していると、ドアがノックされる。


「はいはい」


 開けたらパジャマ姿の澪がソワソワしていた。


「どした?」


 用件なんてわかりきってるけど、男を誘ったことなんかないこいつが、どうやって俺を誘うのか聞いてみたくて、あえて様子を見る。


「……えっと……、その……キス、してください」

「はいよ」


 澪の肩に手を置いて、触れるだけのキスをする。

 不満そうにこっちを見ているのがかわいい。

 真っ赤になって、視線をあちこちにさまよわせて、うつむいて、指先をもじもじといじった末に、やっと澪は顔を上げた。


「……明日の朝、おはようのキスもしてほしいです……ベッドの中で」

「なんだよ、それ」


 思わず笑ってしまう。俺が今まで聞いた中で一番かわいい誘い方だったから、俺の負けだ。


「おいで」

「……はい」


 腕を広げたら、澪はホッとしたように笑って擦り寄ってきた。

 やっぱり、俺の嫁は世界で一番かわいい。