あなたの家族になりたい

 ふと、相手が顔を上げた。

 目が合う。

 すぐ逸らされるかと思ったけど、意外にもじっと俺を見ている。

 やがて立ち上がり、置いてあった下駄を履いて、庭に降りてきた。


「……あの、ごめんなさい」

「なにが」


 また、キツイ声を出しちまった。

 優しくできない俺のほうが、むしろ謝ったほうがいい気がしてくる。


「こちらがお呼び立てしたのに、まともな挨拶の一つもできなくて」

「うん」

「えっと……由紀、さん」

「瑞希でいい。どうすんの」

「……お、お友達からお願いします」


 真面目くさった顔でそう言うものだから、思わず吹き出した。

 なんで俺が振られたみたいになってんだよ。


「だ、ダメ……ですか……。すみません、図々しくて……」

「いや、いい。わかった。お友達ね。でもそれ、あんたの母親に言って大丈夫?」


 また顔が泣きそうになる。

 めんどくせえな。

 三十過ぎのいい年した大人が、いちいちメソメソするんじゃねえ。


「部屋に戻る」

「……は、はい……」


 部屋に戻って、親父に電話する。

 こっちのことを話すと、親父と美園さんで適当に話を合わせておいてくれるらしい。

 相手も俺についてきて、元の席にまっすぐ正座した。

 スマホが震えて取り出したら藤乃からのメッセージだった。


『終わった?』

「お友達からお願いしますってさ」

『フラれてんじゃん。ウケる』

「こっちは笑えねえよ……」

『花音ちゃんが写真見たいって』


 ふざけんな、野次馬しやがって。

 顔を上げると、やっぱりどこを見てるかわからない顔で、相手は正座のまま座っている。


「写真撮って、妹夫婦に送っていい?」

「えっ……はあ……」


 スマホを向ける。やっぱりぼんやりした顔だ。

 立ち上がって隣に腰を下ろして、並んで撮る。

 こうしてみると俺も老けたな……アラサーっていうか、ジャストサーティーだもんな……。

 撮った写真を見てたら、前髪に白髪があることに気がついてしまった。

 帰ったら抜いておこう。

 女にも送ろうとしたら、そいつのアイコンが、アプリのデフォルトのものだった。

 ちなみに俺は畑に置いてあったスコップで、藤乃と花音は同じシャチのぬいぐるみ。

 どっちか分かんなくなるから違うのにしろって言ったら、花音のシャチの向きが反対になった。変わらねえよ……。


 また立ち上がって席に戻ったら、そのタイミングで親父たちが戻ってきた。


「仲良くなった?」

「お友達になった」

「そりゃ、いいことだ」


 ……そうか? 親父の適当な返事に首をかしげている間に、美園さんがまとめっぽいことを言っている。

 親父とお袋、相手の母親も挨拶をして、俺と相手も頭を下げて解散。

 やれやれ、やっと終わった。


 帰りの車で、藤乃と相手……美園澪にさっき撮った写真を送る。

 藤乃からは『なんか、薄そう』と失礼だけど、納得しかない返事が返ってきて、相手からは『わざわざ、ありがとうございます』とまともな返事が返ってきた。

 ……ていうか、見合いなんだよな、これ。

 送った写真を眺める。

 この薄い女と結婚すんのかなあ。なんもわからん。