あなたの家族になりたい

 手を引かれて二階に上がる。奥まで進んで、右の扉の前で澪は立ち止まった。


「部屋、入りますね」

「……うん」


 わけわからんくらい細い声が出た。

 俺の声、こんなに小さかったっけ?

 澪は部屋の扉を開けると、手探りでスイッチを探している。

 見つける前につないだ手を引っ張った。

 ベッドの前で澪を見下ろす。

 暗くて、どんな顔かはわからねえ。

 こいつが俺の部屋に入るのは初めてだ。

 ……「なんかあったら声かけて」と言って、それから一度も声をかけには来なかった。

 そのことを、たぶん俺は気にしている。


「……俺、ふらついてるから、手え離していいよ」

「離したく、ないです」

「意味、わかって言ってる?」


 なんつーか、イラつく。

 こいつは結局、俺のなんなんだよ。

 「お前、うちの子になるんだろ?」って、先週俺が聞いたら、こいつは「なります」って答えた。

 それって、この場でベッドに引きずり込むことに合意してるってことになるんだろうか

 困ったときに助けを求めようとも思わねえくせに。


「あのさ……いや、いいや。うまく言えねえし」


 澪は黙ってるけど、つないだままの手をきゅっと握り返してきた。

 どうやら離す気はないらしい。


「澪」

「……はい」

「今ならまだ、自分の部屋で寝られるけど」

「瑞希さん、説得力ないです」


 そうかな。そうかも。

 握ったままの手の指先を、澪の細く小さい指に絡める。


「……手の怪我、全部治った?」

「全部は治ってないです。でも、もう痛くないから大丈夫です」


 絡めた指が、握り返される。

 さすがに、澪がなんとも思ってないことくらい、わかる。

 ……わからないのは、その理由だけだ。


「あのさ……誰かと、したことある?」

「……なくは、ないです。えっと……しようとしたけど、最後まではできませんでした」

「そっか」

「……痛くて、だめでした」

「痛くてダメだったのに、またしようとしてんのか。……馬鹿だな、お前」


 そういうことを言っちゃうのがダメなんだろうな、と言ってから気づく。

 馬鹿なのは俺だ。

 だから、澪が何か言う前に続ける。


「俺、謝られると萎えるから謝んな」

「……わかりました」

「でも、痛かったり嫌だったら言って」

「わかりました」

「澪」

「はい」

「俺、お前のこと好きだよ」

「……私も、瑞希さんのことが好きです」

「……そっか。よかった」