あなたの家族になりたい

 鍵を回し、ついでにチェーンもかけた。

 澪は涙を必死に拭っている。


「ばか、そんなに擦ったら、目が赤くなるだろうが」

「す、すみません……、ごめんなさい……」

「謝んなくていい。お前、今日の仕事は?」

「ぜ、全部終わりました……。あと、洗濯物だけ、取り込んだけど、まだ畳んでないです……。あの、急いで、畳んで、」


 踵を返そうとする澪の手を捕まえた。

 真っ赤な目から、まだぽろぽろと涙がこぼれている。


「いいから。ったく、メソメソしやがって」


 手を掴んだまま、二階に上がる。


「部屋、入るぞ」

「は、はい……」


 澪の部屋に入るのは引っ越し当日以来だ。

 中はあんまり変わってない。

 相変わらずベッドにはペンギンのぬいぐるみがいて、少しふにゃっとしている。

 小さい机に、俺がクリスマスに渡したハンドクリームのチューブが、ほとんどぺしゃんこになって置いてあった。

 澪をベッドに座らせる。


「ちょっと待ってろ」

 返事を待たずに一階に降りて、保冷剤をタオルで包んで戻る。

 途中で時計を見たらすでに夕方で、今から家を出てもビュッフェの予約には間に合わなさそうだ。

 ノックして澪の部屋に入ると、さっきと同じ格好のまま、腹の前にペンギンを抱えていた。


「これ、目に当てとけ」

「……すみません」

「違う」

「……ありがとうございます」

「今日は出かけるのは中止。今からじゃ間に合わねえ」


 澪の顔が、くしゃっと歪む。

 保冷剤を包んだタオルを目尻に押しつけた。


「明日、予約取り直しておくから、今日は大人しくしてろ。家に食うものある?」

「ちょっと、なら……」

「じゃあ、適当に買ってくる。とにかくお前はそこで大人しくメソメソしてろ。洗濯物もやっとくから気にすんな。そもそもお前が来るまで、俺もやってたし」


 返事を待たず、澪の頭をぐしゃっと撫でて部屋を出た。

 とりあえずビュッフェに電話をして予約を明日に替えてもらう。

 なんかもう嫌になって、藤乃にも電話をかけ、飲みに行く約束をした。

 シャワーを浴びて切り替えてから洗濯物を片付けた。

 近くのコンビニで適当に食べ物を買い、澪の部屋に届けた。


「これ、適当に選んだから食えそうなものだけ食え。俺は藤乃と飯食ってくる」

「……わかりました。ありがとうございます」

「遅くなると思うから、先に寝てろ」


 小さく頷く澪の頭をもう一度撫でて部屋を出た。


 なんつーか、あれだな。

 あのヒステリックなおばさんに当てられて、どうにも嫌になった。

 だからたぶん、逃げ出したんだ。


 ――澪が、俺にどうしてほしいかくらい、とっくに分かってたのに。