あなたの家族になりたい

 でも、思い出した。

 澪が引っ越してきた当日、「俺の部屋、向かいだから、なんかあったら声かけて」って俺は言ったけど、こいつが声をかけてきたことなんか一度もなかった。

 困ったことがなかったと思うほど、俺は脳天気じゃない。


「この汁粉、うまい」

「……お代わり、しますか?」

「うん。でも自分で入れてくる。澪は?」

「……えっと……はい、ください」

「餅、一個でいい?」

「一個でお願いします」

「私、お雑煮。あとお節も」


 近くでニヤニヤしていた花音が椀を差し出してくる。

 持てねえよ。


「じゃあ、俺が手伝おうか。花音ちゃん、お餅いくつ?」

「一個お願いします。しいたけは多めで」

「了解」


 藤乃が腰を上げてついてくる。


「瑞希さ、夜もああいう感じなわけ?」


 餅をオーブントースターに入れてたら藤乃が小声で聞いてくる。

 ああいうのってなんだ。

 ……さっきの、亭主関白だの偉そうだのってやつか。

「手ぇ出してない」


 素直にそう答えると、藤乃の目が丸くなる。


「そうなんだ。瑞希のことだから、越してきたその日のうちに出したかと思ったけど」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「高校の時の話する?」

「……しなくていい」

「二年になって一週間で一年生二人、三年になったときはもっと多くて……」

「しなくていいっつってんだろ! とにかく、あれにはなんもしてない」


 なんつーか、考えなかったわけではないけど、ピンとこないというか。

 今は少し減ったけど、最初はずっとおどおどしてて、謝ってばかりだった。

 ベッドでそれやられると萎えるから無理。

 俺はそういうプレイは好きじゃない。

 寝るなら、ちゃんと合意じゃないとテンションが下がる。



 藤乃は冷蔵庫から重箱を出して運んでいる。

 お袋たちが食うかと思ったけど、いつのまにか二人でお菓子の家を作っていた。

 ……どこから出したんだ、それ……。俺も食いたい……。

 焼けた餅をそれぞれの椀に移して、雑煮と汁粉を注ぐ。

 トレーに乗せて戻ったら、花音が顔を赤くして藤乃にあれこれ言っている。


「藤乃さん、藤乃さん、カズノコ取ってください」

「はい、どうぞ」

「あとね、煮染めも食べます。お母さんの煮染め、美味しいんです」

「どうぞ」

「食べさせて!」

「はいはい」

「……飲み過ぎだろ」



 藤乃は笑顔で花音の世話を焼いている。

 こいつは飲んでないから、しらふのはずなのに、嫌な顔一つせずに酔っ払った花音の言うことを聞いてやっていた。

 澪がそれをぼんやりした顔で見ている。

「おい、藤乃。甘やかすなよ」

「やだよ。俺は死ぬまで花音ちゃんを甘やかし続ける。それに、花音ちゃんは酔いが冷めたときに記憶が残るからさ、次の日すごい謝ってくるんだよね。それが最高にかわいいから、つい無限に甘やかしちゃう」

「えへへ、藤乃さん大好き」

「ありがと。俺も花音ちゃん大好きだよ。はい、お雑煮」

「やったあ」


 妹が幼馴染みにベタベタしてるの、見たくねえな……。

 澪に汁粉を差し出すと、ハッとして受け取る。


「お前は酒飲まねえの?」

「……飲んだことないんです」

「ない!? マジか……え、ちょっと飲む?」

「……止めておきます」


 小さく首を横に振る。


「その……気持ち悪くなったり、酔って……ちょっとあれだと……あれなので……」


 澪の視線の先には藤乃に甘える花音。

 まあ、あれはどうかと思うけど。

 ……親父の酔いかたに似ているかもしれない。

 親父も酔うと、お袋や須藤さんに絡みまくる。


「別に、多少赤くなるくらい気にしなくてもいいけどさ。部屋に運ぶくらいならするし」


 まあ、無理に飲まなくてもいいんだけど。

 夜もいい時間だし正月だから、あんまり具合が悪くなっても病院は開いてないし。