あなたの家族になりたい

 二週間後、スーツを着て家を出た。

 二週間前と同じように親に連れられて。

 なんだかなあ。

 全然乗り気じゃないけど、この二週間、断る理由は思いつかなかった。


「……ここだな」


 親父が呟いて車を乗り入れたのは、なかなか立派なお値段のする料亭だった。

 結構かたっ苦しかったりすんのかね。

 面倒くせえ……。


「瑞希、面倒そうな顔すんな」

「へいへい」


 通された部屋には既に美園さんたちが座っていた。

 一番奥に美園さん。

 その手前のおばさんが美園さんの姉貴か?

 じゃあ一番手前が……。


「遅くなりまして」


 親父が愛想のいい笑みを浮かべて上座に座る。

 つーか、こういう場って本人が真ん中じゃねえのか……。

 お袋が目配せして先に座る。

 次いで下座に腰を下ろし、背筋を伸ばした。


「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」


 美園さんが軽く頭を下げる。

 同じように頭を下げながら、正面に座る女を眺める。

 なんつーか……やたら幸薄そうな顔してた。

 いかにもキツそうな顔の母親とは違って、その女はどちらかと言えば美園さんに似ている気がする。


 眉の下辺りでそろえられた色素の薄い髪。

 真っ白な顔、ぼんやりと、どこを見ているか分からないやっぱり色素の薄い目。

 なんつーか、全体的に薄い。
 日にかざしたら透けそうだ。

 三十になった俺より一つか二つ上って聞いたけど、女の歳なんてよくわかんねえ。

 着物を着せられてるから、余計に。

 なんかあれ、井戸とかから出てきそう。


 上座では両親が当たり障りのない挨拶をしている。


「澪、澪! またあなたはぼんやりして!」

「ご、ごめんなさい……。美園澪と申します……」


 突然怒鳴られたその人は、肩を跳ねさせてか細い声で挨拶をして頭を下げる。


「由紀瑞希です。よろしくお願いします」


 頭を上げると、ようやくその女と目があった。

 小鹿かよ、ってくらい震えてる。

 そんな怯えなくても。取って食うわけじゃねえんだから。


「申し訳ありません、本当にぼんやりした娘で……」

「いえ、お気になさらず。私もこのような場は不慣れですし」


 不機嫌そうに娘を見やるおばさんに、当たり障りなく返した。

 ちょっとイラついたけど、なんでかは自分でもわからねえから飲み込む。


「瑞希さんはしっかりしていらっしゃいますのね。澪も少しは見習ってくれればいいのだけど」


 目の前の女が居心地悪そうに肩をすくめた。

 ……別に似てないのに、藤乃に会う前の妹を思い出してしまった。

 嫌なことがあっても口を開かず、背中を丸めてやり過ごそうとしていた花音。

 でも、それを藤乃が手を引いて前を向かせて、結婚式では誰よりも輝いていた妹。

 じゃあ、この縮こまってる女の手を引くのは俺なのか。……正直、ピンとこねえな。


「あとは、お若い二人に任せましょうか」


 ぼんやりしているうちに何か話がまとまったらしい。

 美園さんがそう言って、親父たちが立ち上がる。

 ふすまを開けて、美園さんが振り返った。


「ここの料亭、庭も素敵だからぜひ見ておいで。……うちで手がけてるからね」

「……はい。ゆっくり見させてもらいます」


 頷くと、親父が耳元で「ま、適当にやんな」と囁いて出て行った。

 その励まし、必要か?

 おばさんも娘に何かを囁いて出て行った。

 ……泣きそうになってて、なんか、いたたまれねえ。

 最後におふくろがふすまを閉めずに出て行く。