あなたの家族になりたい

「あ、あの、ごめんなさい、私……」


 怯えたような顔でそいつ……澪がダイニングにやってきた。


「何が?」

「瑞希、言い方」

「わぁってるよ! 何謝ってんだよ」

「直ってない!!ごめんなさいね、澪ちゃん。ぼんくら息子が……」


 俺への態度とは打って変わって、お袋は澪に近寄る。すみませんね、ぼんくらで。

 残りの配膳を済ませている間に、親父が畑から戻ってきた。


「お、昼飯豪華だ」

「腕によりをかけました!」

「はー、いいねえ。ビール飲んでいい?」

「いいと思う?」


 お袋の冷ややかな眼差しに、親父が俺を睨む。


「瑞希、お前なに母さん怒らせてんだ」

「何でバレてんだよ……。おい、お前ここな」


 澪の席を指差したら、その指をお袋が関節と逆に捻った。いってえな!!


「みーずーきー」

「わかったって!! えー、なんだ、澪……? 席、ここ、使って……」

「は、はい……」

「瑞希は藤乃くんの爪の垢を煎じて飲んだほうがいいわ。一リットル飲んで」

「やだよ……」


 とにかく席につく。俺の前が親父、親父の隣がお袋、お袋の前が澪。澪の隣に俺。

 もっぱらお袋が澪にあれこれ聞いていて、澪は声は小さいけど一応ちゃんと答えている。

 ……やっぱ、俺が怖くて謝ってばっかなんだろうな。

 さっさと食い終わらせて立ち上がる。食器をシンクに入れると親父もやって来て食器を置いていく。二人分とフライパンやらを洗ってたらお袋と澪も片付けにきた。


「うちは最初に食べ終わった人が全部洗って片付ける決まりだから、よろしくね。といってもだいたい瑞希かお父さんだけど」

「……わかりました」


 お袋と澪から食器を受け取って洗う。

 午後は俺は親父と畑仕事。お袋が澪にうちの事務仕事なんかを教える予定だ。

「あ、冷蔵庫のプリン俺のだから食うなよ」

「プリン食べていいって」

「言ってねえよ。せめて食ったら補填しろ。もしくは俺に金を返せ」

「プリン、澪ちゃんにあげるね」


 お袋がエプロンのポケットから百円玉を出してきて寄越す。全然足りねえ……。

 まあ、いいや。あとで藤乃んとこに顔出すから、そのときに新しいの買ってこよう。……もしかして、今後は澪の分も買った方がいいのか?


「おい、あんた……じゃねえ、間違えた。澪、お前アレルギーあるか?」

「な、ないです……」

「食いもんの好き嫌いは?」

「それも、ないです」

「そう」

「言い方が! まったく優しくない!!」


 ダメだったらしい。また怒られる前に、両手をぱっと挙げる。


「……見本、お願いします」

「幼稚園児以下ね!! 澪ちゃん、アレルギーある?」


 澪は小さく首を横に振る。さらりと黒い髪が流れる。


「ないです」

「苦手な食べ物はあるかしら」

「それも、大丈夫です」

「わかった。ありがとう。ケーキ好き?」

「好きです」

「だそうよ。母さんモンブランね」

「……わあったよ……」


 つーか結局、俺の聞き方と何が違うのか、全っ然わからんかったし。

 ……「澪ちゃん」って呼んだほうがいいのか?


「澪」

「は、はい!」

「……澪ちゃん?」

「ひえ……」

「なんでだよ……」


 「ちゃん」をつけたら、なぜか怯えられた。……やっぱやめとこう。


「畑行ってくる」

「はいはい、行ってらっしゃい」

「……い、いってらっしゃい……」


 ダイニングを出たら、お袋だけじゃなく澪の声まで聞こえて、なんかピンと来ないまま戻って顔を見たら、やっぱ怯えた顔された。

 ……もしかして、俺の顔がダメなのか?

 ……それ、どうしようもねえな。