十六夜月のラブレター

入谷さんのマンションに着いたのは夜10時を過ぎていた。

玄関のドアを開けてくれた入谷さんからはお酒の匂いがした。

はじめてこの部屋に来た時、頭をぽんぽんしてくれたダイニングテーブルの上に缶ビールが何本か置いてある。

すでに空になっている缶が横向きになって転がっていた。

「ごめん、ちょっと飲んでてさ。どうしたの? 急に」

「あのっ、今日マドレーヌ焼いたから。よかったら食べてもらえたらなと」

ギフトボックスの蓋を開けてテーブルの上に置く。

「ああ、前に俺が作ってって言ったからだね。でももういいよ。これからは俺のことは気にしないで」

「え?」

「本社の営業本部長にさ、戻って来いって言われてるから大阪に戻ろうと思う。だから、君も無理して俺のこと思い出そうとしなくていいよ。俺ももう全部忘れるから」

拒絶されたと思った。

もうすべてが遅いと思った。

いつもの私なら何も言わずに帰っただろう。

けど、雪見が言ってくれたように強がっちゃダメ。今だけは素直にならなきゃ。

「じゃあ全部忘れちゃう前に言わせてください。この手紙、さっき届いたんです。10年以上経ってしまったけど……」

鞄の中から取り出した古びた封筒を見て入谷さんは驚愕した。

「どういうこと? さっき届いたって」

私は雪見が言ってくれたことをすべて入谷さんにも話した。

「そうか……やっぱりあの時あの公園で会ったのは雪見ちゃんだったんだ……」