『心の声が聞こえる』クールな同僚の瞳が、私に愛をささやく

 蓮が隣に座っている。
 陽菜はカウンターに置いた自分の手を眺めていた。

 全て、蓮に話した。

 三週間前の体調不良から、心の声が聞こえるようになったこと。目を合わせると心の声が流れ込んでくるので、顔を下げて(うつむ)いてやり過ごしていたこと。

「信じてもらえないかもしれないけど……本当のことなの。ありえない、変な悩み……だよね」

 しばらく蓮は黙り込んでいた。
 小さな溜息が聞こえる。その冷たさに陽菜の緊張が高まっていった。

「河村」
「……ん」

 蓮は身体を陽菜に向けた。

「悪かった」

 突然、頭を下げて謝罪する蓮に、陽菜は動揺した。

「ど、どうしたの。顔を上げて」
「目を合わせるのは、つらかったよな」
「……そうだけど」

 苦しかった。目を合わせるのが怖かった。他人の心など知りたくなかった。

「河村の気持ちも知らないで、顔を上げろって強要して、本当にごめん」

 旋毛(つむじ)から声が聞こえる。蓮はまだ顔を上げない。

「い、いいよ。だってこんなこと、ありえないもん。誰だって私のことを変に思って、注意したくなるよ」
「それでも河村を苦しめたことには、変わりない」

 話すたびに綺麗な黒髪が揺れる。サラサラと光の粒子が滑り落ちる。
 大きな身体を小さくして、蓮は陽菜に謝っている。視線を合わせようとしない。

「朝倉くん、顔を上げて」

 ふと寂しくなった。でも同時に分かったことがある。

 会社の休憩室で、蓮がどうして陽菜の髪に触れたのか。

 ――きっと私、こんな姿だったんだ。

 誰とも目を合わせることができなくて、つらくて苦しくて、俯くことしかできなかった。
 
 蓮から見て、陽菜はこういう姿だったのだろう。蓮は励ましたかったのに、陽菜は拒絶をした。

 だから優しく髪に触れてくれた。
 どうか苦しみが去りますように。
 そういう気持ちで、蓮は触れてくれたんだろう。

 人の身体に、心に触れるのには勇気がいる。それでも蓮は手を伸ばして、伝えてくれた。

「朝倉くん、信じてくれてありがとう」

 陽菜はゆっくりと手を上げ、蓮の髪に触れた。ぽんぽんと頭を撫でて「だから顔を上げて」と優しく(ささや)いた。