『心の声が聞こえる』クールな同僚の瞳が、私に愛をささやく

 二人は食べ終え、蓮は食器を洗っていた。陽菜が「私も手伝うよ」と言ったが、蓮は「座ってて」ときかない。
 カウンター越しに陽菜は蓮の手を見つめていた。大きくて長い指だ。綺麗な手をしている。

「朝倉くんって、料理も出来てすごいね」
「別に」

 グググッと眉間に皺が寄る。

『料理をやってて良かった……』

「ほ、ほら仕事のことも覚えてる? 私が担当してた取引先の、振込先が変わってたこと」
「あー…、大手町に移転した」
「そう。先輩も褒めてたよ。よく気がつく新人が入ってきたって」

 水道の流れる音が止まった。蓮がペーパータオルを取り出す。

「種明かしすると、大したことじゃないんだ」
「え?」

 水分を拭き取り、蓮はエプロンを外した。

「神社が実家だろ。だから小学生の頃から手伝いをしてた」
「偉いね」
「ほぼ強制だよ。嫌で嫌で仕方が無かった。なんで神職の家に生まれたんだろうって思ったくらいだ」

 笑いながら爽やかに話す。大人びた容姿から少年らしいエクボが頰に刻まれる。
 職場では見たことが無い。初めて蓮の輪郭に触れたような気がした。

「母親が亡くなって……小さな神社だから、俺が経理補助を引き受けることになった。だから経理に関しては河村より、もう何年も先輩。経験上どんなトラブルがあるか、ある程度は予測できる」
「そうだったんだ……」
「御守りも絵馬も外部発注だからな。色んな失敗をして怒られたよ。でも良い勉強にもなった」
 
 聞いている内に、陽菜の心は沈んでいく。
 蓮は仕事も出来て、立ち振る舞いも完璧だ。彼は特別。そう思っていた。
 だが実際は違う。ひとえに蓮の努力だ。努力が彼を特別にした。 

「今だから言えるけど、高校生の時が一番つらかった」

 伏せた睫毛に翳りが落ちる。

「実家の手伝いで部活にも入れない。気軽に遊びにも行けなかった。地域の人は『手伝って偉いね』って褒めるもんだから、反抗もできない。逃げ場がなかった」

 食器を片付ける無機質な音と、静かな声が重なる。

「気がついたら本音を言えなくなってた。あの時、誰かに相談できてたらって思う時もあるよ」

 蓮が陽菜の目の前にお茶を置いてくれた。氷の涼やかな音が鳴る。

「だから河村は……。本音が話せるうちは、俺に相談をして欲しい。何かに悩んでるんだろ」

 グラスの中で深い緑が揺れている。茶葉の良い香りがした。

「仕事ってさ、何かを成し遂げるのも仕事だけど、誰かに悩みを相談するのも仕事だと思う」

 力強い言葉が、陽菜の背を押す。

「どんなことでもいいから、絶対に笑わない」
「本当に……?」
「河村、顔を上げてくれ」

 ためらいなど消えていた。
 視線と心が重なり合う。

『河村が苦しんでるのなら、力になりたい。きっと俺がつらかったのは、この時の為にあったんだ』  

 他人の心が聞こえて、嬉しいと思ったのは蓮だけだ。
 そのことに気がついた。

「他人には理解できない悩みだって、この世にはたくさんある。神職の家に生まれてきた俺が言うんだ」

 グラスに入った氷が音を立てる。優しい熱に溶かされて、少しずつ塊が消えていく。確実に、変容していく。

「悩みを教えてくれないか。どうすればいいか、一緒に考えよう」