『心の声が聞こえる』クールな同僚の瞳が、私に愛をささやく

 退勤の時刻になり、陽菜は鞄を持って部署を出た。会社のロビーに蓮の姿はない。
 別行動にホッとする。

 蓮とは同期で同じ二十三歳だ。新人研修も一緒で、蓮はその時から目立っていた。質問の的確さ、物分りの良さ。洗練された容姿も手伝い、どこかエリート然としていた。
 同じ経理部の管理課に配属されたが、彼はめきめきと頭角を現し、すぐに決算課へと異動になった。
 仕事を覚えるのが早く、洞察力と順応性に長けていた。人当たりの良い彼は、部署の先輩とも打ち解けている。

 つくづく同じ二年目とは思えない。
 蓮は陽菜との会話から何かに気がつき、ミスを防いでくれたことがある。

「あの取引先の会社、大手町に移転したよな。念の為、振込先に変更はないか、営業部に確認した方がいい」

 営業部の伝達ミスで、取引先の振込情報が古いままになっていた。小さなミスから危うく大惨事になるところだった。

 見えないものを見るということ。仕事は気づき力も必要だ。
 蓮は最初からそれができていた。常に情報を持ち、そこから気づき、どうすればいいか判断をして行動している。

 だから陽菜の異変にも気がついたのだろう。
 そして声をかけてくれた。力になろうと、彼なりに行動してくれている。

 ――どうして、私なんかを好きになったんだろう。

 陽菜は管理課にいる。二年目になる今でも先輩に迷惑をかけている。できることと云えば雑用を率先して引き受け、笑顔で対応し、時間に余裕をもって行動することくらいだ。
 蓮みたいに新しい仕事をこなしつつ他人をカバーし、気にかける余裕などない。

 オフィス街にスーツの人波が押し寄せる。
 俯き、陽菜は雑踏に紛れる。何も持たない陽菜は黙々と仕事をして、帰宅して、ひたすら毎日を過ごすだけだ。
 
 きっと蓮が特別なのだろう。
 人の心にも機敏で、仕事もそつなくこなす。陽菜とは違う。

 ――朝倉くんは特別。

 そう思っていないと足が止まって、動けなくなる。
 何かに負けそうになる。