『心の声が聞こえる』クールな同僚の瞳が、私に愛をささやく

「下を向いてないで、顔を上げる。意見を言う時は、相手の目を見るんだ」

 河村(かわむら)陽菜(ひな)の頭に何かが触れた。栗色の髪に沈むのは、目の前にいる朝倉(あさくら)(れん)の手だ。厳しい口調に対して、その手は何処までも優しい。
 冷たい態度が溶けて、寄り添う温度が残る。彼の意外な一面を感じた。

「河村、俺の目を見ろ」

 爽やかなライトブルーのカッターシャツ。袖を肘まで折り、(たくま)しい腕が強調されている。靭やかな起伏が陽菜の視界に迫っていた。

「でも……私」
「河村」
「その、私、目が合うと」

 他人の心の声が聞こえるようになった、とは言えない。

「本当にどうしたんだよ。最近おかしいぞ」

 陽菜は下唇を噛んだ。
 心の中で蓮は怒っているだろう。怖くて目を合わせられない。

 陽菜は三週間前に高熱で仕事を休んだ。回復後、日常は一変した。
 他人と目が合うと心の声が聞こえる。幻聴ではない。そう確信するのに時間はかからなかった。

「河村、原因は何だ。同期として見過ごせない。説明してくれ」

 退勤ラッシュを避ける為に休憩室で時間を潰していた。偶然、蓮と鉢合わせたのだが、彼は二人きりになるとこうして理由を聞いてくる。

「……そんなこと、言われても」

 医師でさえ、信じてくれなかった。
 心の中では馬鹿にして笑っていた。

「目を合わせないのは、俺だけじゃないよな。部署の人も気づき始めてる。雰囲気が悪くなる前に直せ」

 気持ちが急降下する。
 俯いたまま、お気に入りのスカートを握りしめる。皺が寄ってエメラルドグリーンに深みが増した。

「なぁ、どうしたんだよ」

 言葉は強くても、髪に触れる手つきは繊細だ。熱を測る仕草に似ている。

「俺達はもう学生じゃないんだ。せめて顔だけは上げろ」

 陽菜は覚悟を決め、恐る恐る顔を上げた。蓮と眼が合う。
 視線が交錯する。心の声が流れ込んできた。

『どうして俺はこんな風にしか言えないんだろう。河村のことが……誰よりも好きなのに』