月夜に吠える、君の名を

村に着いて二日目。
あんたはもう、この村の冷たさを肌で感じとったはずや。
誰もがあんたを避け、目が合えばすぐそらす。
そして俺を見るときは、まるで化け物でも見るみたいに唇を歪める。

「ねえ健さん、なんでみんな……」
問いかける声は小さい。
俺は答えを濁そうとしたけど、その時、背後から笑い声がした。

《外の女に手ェ出すとはなぁ。呪いがうつったらどうすんねん 。》
村の若い衆が、あんたを見ながら吐き捨てるように言うた。
俺の手が、無意識に拳を握る。
胸の奥から、熱いもんがこみ上げてきた。
牙が伸びる感覚。
喉の奥で低く唸る音が、自分でも抑えられへん。

「……やめてください!」
あんたが俺の腕を掴んだ瞬間、その熱はすっと引いていった。
気づけば俺の呼吸は荒く、爪が半分、獣のそれになっとった。

村の奴らは一瞬固まり、そして吐き捨てるように去っていった。
静寂が残る道の真ん中で、あんたは俺の手を握ったまま離さんかった。

「……健さん、やっぱり……人間じゃないんですね」
その声に怯えはなかった。
むしろ、真実を確かめるような静かな色があった。

月が雲間から顔を出し、俺の影を長く伸ばす。
その影の形は……もう人間のもんやなかった。