月夜に吠える、君の名を

『ほな、ついてき。』
俺は振り返り、あんたを月明かりだけが照らす細い道へと導いた。
足元は草と小石だらけやけど、あんたは転びもせんとついてくる。
普通の人間なら、こんな山道は怖がるはずやのにな。

『この道は、昔から“獣道”って呼ばれてる。』
「獣……ですか?」
『そうや。俺みたい奴が通る道や。』
冗談めかして言うたつもりやったけど、あんたは笑わんかった。
代わりに、静かに俺の横顔を見つめてた。

その視線に、胸がざわつく。
あんたの瞳は、俺の牙も爪も否定せえへん。
まるで全部、受け入れてくれるみたいや。

やがて、木々の隙間から小さな村が見えた。
古びた家々、煤けた瓦、灯りはちらほら。
「ここが……あなたの村なんですね」
『せや。俺はここで生まれて、ここから出たことない。』

その時、村の奥から人影が現れた。
年配の男や。
俺の顔を見た途端、眉間に皺を寄せてあんたを睨む。
【……外の人間を連れ込むな、健。】
声は冷たく、刃物みたいに突き刺さった。

あんたは戸惑った顔をしたけど、俺は答えずに男をやり過ごした。
胸の奥で、古い呪いの重みがまたずしりとのしかかる。
この村で、外の人間が長く生きられることは……ない。

でも、その夜の俺はまだ……
あんたを手放す気なんて、これっぽっちもなかったんや。