彼は悪魔

 「そろそろ卒論の準備でもしようかな」

 別れからひと月ほど経ち、私も少しづつだが落ちついてきた。

 Aくんからのプレゼントや思い出の品は全部処分して、そろそろ真剣に私自身の将来を考える気になっていた。

 それでも、時折訳もなく涙が溢れてくる時がある。

 ふと、Aくんとの幸せだった頃を思い出して声を上げて部屋で泣きじゃくってしまう。

 たまらないほどの喪失感と悲しみ。

 まさかこれほど私の中で、Aくんの存在が大きいとは私自身知らなかった。

 1度泣き出すと、後から後から涙が溢れて止まらない。

 そんな日々がひと月以上続いていた。
 
私は気分転換も兼ねて、新しくパソコンを買うことにしてた。 どうせ卒論を書くのに必要なのだ。

 だけどあまりパソコンは得意ではないし、どの機種が初心者にも使いやすいかもわからない。

 「仕方ないな、じゃあ先輩に聞くかな」

 私はあまり気が進まないが、サークルの中で一番パソコンに詳しいケンに教えてもらうことにしたのだ。

 「パソコンを新調したいのでアドバイス頂けますか?」

 個人的にメッセージを送るのは初めてだが、ケンからすぐに返信がきた。

 「いいよ。今すぐ出て来れる?」

 私はスマホを見て違和感を覚えた。

 ケンとはサークルではほとんど話したことがない。

 留年ばかりしている何か暗い感じの先輩と思っていた。 なのに、文面が友人のように馴れ馴れしい。

 「いえ、部会の時で良いですから」

 「でもそれじゃ、遅くなるでしょ?ピエロでいい?」

 ピエロは私のマンション近くの喫茶店だ。 何で先輩は私のマンションの住所を知っているんだろう?来たことないのに?

 私は自分が頼んだ手前、仕方なく返信してピエロに向かった。私が窓際のテーブル席に座っていると、10分ほどでケンがやってきた。

 「飯、食った?」

 「いえ、私は紅茶だけで」

 「そう、じゃあパソコンの話だけど」

 ケンはコーヒーを頼むと早速用件に入った。

 だが、私が期待していた機種や使い勝手の良さの説明はしてくれない。

 プログラムやパソコン内部の駆動装置の話ばかりを延々と続ける。

 「あの、先輩。卒論を書くだけなので専門的な知識はあまり必要ないんですが」

 「そう?これくらいは常識でしょ?それで演算処理能力はね」

 ケンは立て板に水とばかりに、1時間あまり一方的に専門知識を喋り続けた。

 「今日はありがとうございました」

 話が一段落ついた所で私は頭を下げ、喫茶店を後にした。

 正直なところ、早くケンから解放されたかった。

 話の内容は難解でひとりよがり。しかもまったくパソコン選びに役に立たない。

 「私が頼んだんだから、文句は言えないか」

 土曜の午後がすっかり無駄になった。

 ケンとはそのまま喫茶店で別れたが、この日から頻繁にメッセージが送られてくるようになった。