夜明け前の港町。
海風が冷たく、波が桟橋にぶつかって白く砕ける。
巨大な船が静かに揺れながら停泊していた。

エーリヒは甲板に立ち、深く息をついた。
手元にはフレデリカからの手紙と、
現地の情報資料。

『王女殿下、ハイドランジア宮中にて襲撃事件発生。
彼女の安全は確保されたが、犯行組織は未だ動いている。
ヴァルタザールなる青年が関与の可能性あり。
現地で警戒を』


「……なるほど」
拳をぎゅっと握る。
「奴が動いている……しかも単独ではない。」

フレデリカが横に立ち、資料を差し出す。
「エーリヒ、これが現地の情報よ。ヴァルタザールに協力する勢力は二つ。一つは旧ユーフォルビア王国の王党派の末裔たち。彼らはヴァルタザールを王として祭り上げ、ウルフェニー家の復興を狙っている。」

エーリヒは資料をじっと見つめる。
「なるほど……王党派か。政治的な意味もあるわけだな。」

フレデリカは続ける。
「もう一つは、ハイドランジア国内で女帝に信頼されず不遇のままの貴族や官僚たち。宮廷内部で情報操作をして、ヴァルタザールの行動を補助している。」

「……なるほど」
エーリヒは短く息を吐き、海を見つめる。
(エリザベートはまだ、危機に気づいていない……
 あの青年にすっかり心を許している……)

「現地では目立たない方がいいわ。でも、このまま放置は危険すぎる。」
「あぁ。」
「私はユリウス国王に謁見を願い出て、王女に危険が迫っていることを伝えるわ。帝国の宮廷でも事件があったのなら、すでに陛下のお耳にも入っているでしょうけれど。」