朝靄の立ちこめる学都リュミエール。
白い石畳の通りを、軽やかな足音が響いていた。
王女エリザベートは、
淡い藤色のマントをひるがえしながら
学園へと歩いていた。
空はどこまでも高く、
潮風が遠くの港から香ってくる。
知と理性を尊ぶハイドランジア帝国で、
彼女はひたすらに勉学に打ち込んでいた。
気づけば祖国を離れて
もう2年近くになろうとしている。

「エリザベス様、今日は政治経済史の講義です。昨日の復習を――」
友人のマリーがノートを差し出す。
エリザベートは微笑んで受け取った。
「ありがとう、マリー。……いい加減、敬称はやめましょう。この国ではただの“エリザベス”でいたいの」
「分かったわ、リズ。」
マリーは口元をほころばせた。
エリザベートという名前は
ハイドランジアではエリザベスと発音するため、
学友からはリズと短縮して呼ばれていた。
けれどもこのマリーは貴族文化に憧れがあるとかで
未だにエリザベート様と呼びたいらしい。

このように友人にも恵まれて、
エリザベートの学園生活は、
静かで穏やかだった。
講義では教師の質問に的確に答え、
休憩時間には図書館で文献を読み漁る。
孤高の王女――そう呼ぶ者もいたが、
彼女はただ、心を鎮めたかったのだ。
忘れられない人の面影を抱えたまま。