二人で目を合わせて笑っているところに、SPが近づいてきた。何か照に用事があるらしく、一言二言耳打ちする。話を聞いて、照りが困ったような顔をしている。普段は凛々しい顔をしている付き人だが、今日は彼も困った顔をしていた。何か問題でも起きたのだろうか。
照がSPにスケッチブックで何か書こうとしたとき、学たちのテーブルに一人の女性が近づいてきた。
「照」
静かな声で照の名前を呼ぶ。すらりと背の高いスーツ姿の女性である。続けて、照に話しかけた。
「近くを通ったので来ました。その人が新しいお友達?」
照がむすっとして女性を睨んだ。咎められた子供のような表情だ。ただ、この表情を浮かべるからにして、そこそこ親しい間柄なような気がする、と学は思う。
「仲がよろしいみたいですね」
背の高い女性が今度は学の方を見て会釈する。こっちが座っていると余計に背が高く見えて威圧感のある女性だ。声が柔らかくおっとりとしていなければ、女王様のように見えるだろう。どこかで見たことのある顔をしている。
誰? と学が聞くと、照がメモ帳に姉と書いてきた。学は照の姉だという女性の顔をもう一度見る。確かに、よく見比べると重たげな瞼が照そっくりである。どこかで見たと思ったのは目の前にいる女の子に似ているからだ。背丈は違えど、横に並べれば姉妹だとすぐにわかるに違いない。
「照の姉です」
女性が自己紹介をする。ということは、いばら財閥の一員であろう。スーツ姿をしているのは、財閥で仕事を任されているからだろうか。
学は照の姉から強いプレッシャーを感じていた。この感じは──アルファに威圧されたときの物だ。圧力を感じない照りと一緒にいるから忘れていたが、自分はオメガで支配される階級の性なのだと改めて感じてしまう。わざとか、そもそもの資質かわからないが、照の姉は強いアルファの圧を持っていた。
「こんにちは。仲良くさせてもらっています」
学は思わず立ち上がっていた。座っていれば委縮してしまいそうだった。それをはねのけるために立ち上がったのだ。相手はでかい。学と同じくらいある。その照の姉に、学は同じ目線から頭の上からつま先まで眺められている。他の人間と同じく、値踏みされている視線を肌で感じて思わず睨み返してしまった。
昔だったら、こんな状況ではオメガは屈服してしまっただろう。学が照の姉のプレッシャーに反抗できているのは、ひとえにオメガホルモン抑制剤の効果だった。
アルファの視線に気圧されそうになりつつ、学は照の姉に尋ねた。
「あの、何か?」
女性は黙ったまま。それからゆっくりと口ひらく。
「……水野さん、あなたはオメガだと聞きました。照と仲良くなるのはいいですが、この娘はいずれ政略結婚で家から出される身です。変な気は起こさないように」
要するに、一線を越えるなよという話をされているのだ。今は、ご学友という身分で照りの隣にいるが、それ以上の関係になるなという釘差しを照の姉は学にしてきたのだった。恋愛関係のスキャンダルが起これば照りの縁談に響くだろう。跡継ぎがいないいばら財閥にとって、姉妹は男の跡継ぎを作る大事な子供たちだ。
照の姉の口ぶりは学に対する侮辱だった。学は照に対して下心なんて抱いていない。確かに、友人から将来のコネにしてもらえとけしかけられたが、便宜をはかってほしいなんて考えたことは一度もないない。
そして今、そんな考えが照を周囲から孤立させてきたのだと知り、他人との壁が照りを悩ませていたのもわかったのだ。シンパシーも感じた。だから、照の姉の発言は余計に失礼であると感じる。大事な友達との関係を踏みにじるような言葉で、学は照の姉に対して怒りが湧く。
照のいるところで大っぴらに政略結婚の話題を出すのも許しがたかった。照の姉の口ぶりは、照の気持ちを無視している。いばら財閥は会社を大きくするために縁談をまとめてきたのかもしれないが、昨今、そんな女性の権利を無視して家の優先をするなんて馬鹿げた話だ。
しかも、照は自分が総帥になるといつも意気込んでいるのだ。これから照がどのような道を進むか、誰も想像ができないのに、照の見た目の頼りなさだけをとって進路を決めようとするのも腹が立った。
「いくら将来性のないオメガでも、あなたが思っているような意地汚い手は使わないよ」
学はちらっと照を見た。自分の姉から見下ろされて顔をこわばらせている。口を開くが何も言い出せないようだった。
そして、照は口をつぐむ。
学は照にもどかしい気持ちを感じていた。場面緘黙なのはわかるが、彼女は自分のことを侮辱している姉に何か言わないのだろうか。いつも、総帥になると意気込んでいる照だが、今の彼女はとても頼りない。その姿に、学はちょっと失望する。
沈黙。それが嫌で学は口を開いた。
「照は僕の友達だ」
そう照の姉にそう言って、学は照にじゃあ、と言ってその場を去ってしまった。
二人は、照はどんな表情をして学を見送っているのだろう。
振り向くのが怖い。
照がSPにスケッチブックで何か書こうとしたとき、学たちのテーブルに一人の女性が近づいてきた。
「照」
静かな声で照の名前を呼ぶ。すらりと背の高いスーツ姿の女性である。続けて、照に話しかけた。
「近くを通ったので来ました。その人が新しいお友達?」
照がむすっとして女性を睨んだ。咎められた子供のような表情だ。ただ、この表情を浮かべるからにして、そこそこ親しい間柄なような気がする、と学は思う。
「仲がよろしいみたいですね」
背の高い女性が今度は学の方を見て会釈する。こっちが座っていると余計に背が高く見えて威圧感のある女性だ。声が柔らかくおっとりとしていなければ、女王様のように見えるだろう。どこかで見たことのある顔をしている。
誰? と学が聞くと、照がメモ帳に姉と書いてきた。学は照の姉だという女性の顔をもう一度見る。確かに、よく見比べると重たげな瞼が照そっくりである。どこかで見たと思ったのは目の前にいる女の子に似ているからだ。背丈は違えど、横に並べれば姉妹だとすぐにわかるに違いない。
「照の姉です」
女性が自己紹介をする。ということは、いばら財閥の一員であろう。スーツ姿をしているのは、財閥で仕事を任されているからだろうか。
学は照の姉から強いプレッシャーを感じていた。この感じは──アルファに威圧されたときの物だ。圧力を感じない照りと一緒にいるから忘れていたが、自分はオメガで支配される階級の性なのだと改めて感じてしまう。わざとか、そもそもの資質かわからないが、照の姉は強いアルファの圧を持っていた。
「こんにちは。仲良くさせてもらっています」
学は思わず立ち上がっていた。座っていれば委縮してしまいそうだった。それをはねのけるために立ち上がったのだ。相手はでかい。学と同じくらいある。その照の姉に、学は同じ目線から頭の上からつま先まで眺められている。他の人間と同じく、値踏みされている視線を肌で感じて思わず睨み返してしまった。
昔だったら、こんな状況ではオメガは屈服してしまっただろう。学が照の姉のプレッシャーに反抗できているのは、ひとえにオメガホルモン抑制剤の効果だった。
アルファの視線に気圧されそうになりつつ、学は照の姉に尋ねた。
「あの、何か?」
女性は黙ったまま。それからゆっくりと口ひらく。
「……水野さん、あなたはオメガだと聞きました。照と仲良くなるのはいいですが、この娘はいずれ政略結婚で家から出される身です。変な気は起こさないように」
要するに、一線を越えるなよという話をされているのだ。今は、ご学友という身分で照りの隣にいるが、それ以上の関係になるなという釘差しを照の姉は学にしてきたのだった。恋愛関係のスキャンダルが起これば照りの縁談に響くだろう。跡継ぎがいないいばら財閥にとって、姉妹は男の跡継ぎを作る大事な子供たちだ。
照の姉の口ぶりは学に対する侮辱だった。学は照に対して下心なんて抱いていない。確かに、友人から将来のコネにしてもらえとけしかけられたが、便宜をはかってほしいなんて考えたことは一度もないない。
そして今、そんな考えが照を周囲から孤立させてきたのだと知り、他人との壁が照りを悩ませていたのもわかったのだ。シンパシーも感じた。だから、照の姉の発言は余計に失礼であると感じる。大事な友達との関係を踏みにじるような言葉で、学は照の姉に対して怒りが湧く。
照のいるところで大っぴらに政略結婚の話題を出すのも許しがたかった。照の姉の口ぶりは、照の気持ちを無視している。いばら財閥は会社を大きくするために縁談をまとめてきたのかもしれないが、昨今、そんな女性の権利を無視して家の優先をするなんて馬鹿げた話だ。
しかも、照は自分が総帥になるといつも意気込んでいるのだ。これから照がどのような道を進むか、誰も想像ができないのに、照の見た目の頼りなさだけをとって進路を決めようとするのも腹が立った。
「いくら将来性のないオメガでも、あなたが思っているような意地汚い手は使わないよ」
学はちらっと照を見た。自分の姉から見下ろされて顔をこわばらせている。口を開くが何も言い出せないようだった。
そして、照は口をつぐむ。
学は照にもどかしい気持ちを感じていた。場面緘黙なのはわかるが、彼女は自分のことを侮辱している姉に何か言わないのだろうか。いつも、総帥になると意気込んでいる照だが、今の彼女はとても頼りない。その姿に、学はちょっと失望する。
沈黙。それが嫌で学は口を開いた。
「照は僕の友達だ」
そう照の姉にそう言って、学は照にじゃあ、と言ってその場を去ってしまった。
二人は、照はどんな表情をして学を見送っているのだろう。
振り向くのが怖い。


