意外にもかぶっていた共通科目を照と一緒に受ける。学食で超目立ちながらお昼を食べる。学は知らなかったが、照も学食を使うらしい。今まで同じ時間に学食にいなかったのが不思議だった。一緒に食堂内にいれば、学はきっと照に気が付いただろう。

 放課後は出された課題を一緒にやり、余った時間は個々に受けた講義の復習をそれぞれ作業しながら過ごす。

 そんな日が数日続いて、学の日常はやや落ち着いてきた。周囲の学生も教員も、学と照が一緒にいることは普通のことだと認識し始めたらしい。相変わらず人目を引いてはいるものの、学の生活は照と行動する以前のものに戻り始めた。

 数日間、学が観察をするに、照は言われているほどお姫様ではないようだった。

 満員電車に慣れてきたのか、通学の電車の中では学の胸の中でアプリを使って英語の勉強をするようになっていた。案外、図太い。

 専攻は経済学で、どちらかというとあどけない印象の照とはかけ離れたような印象を受ける。その課題レポートを読んで誤字を確認してほしいと言われて読むと、学にはわからないことが羅列してあり仰天する。分野は違えど、照が考えていることは学よりもはるかに固い話題であるということだけはわかった。比較的、この大学の中では勉強している方の学からしても難解な表現は目を剥く。トップ企業を束ねる財閥の一員であるにふさわしい、アウトプットと思える文章である。

 日常生活では意外なことに、大飯食らいであることが発覚した。昼食もおやつも抜かりなく食べる。細い身体のどこにそんな大量の白米が入っているのだろうと思えるほどで、食堂のおばちゃんがいつもの大盛ね! と照に渡したのはどんぶりのご飯であった。学のご飯の二倍以上ある。唖然とする学を見て、照がちょっと恥ずかしそうに頬を赤くした。

 椅子に座っていると足がつかずに持て余しているのか、ぱたぱたと動かしさらに子供っぽく見える時がある。それから、何でもなく歩いている時に手すりにいる虫を観察していることもあった。

 学は照に対して不思議な生き物を見ているような気持ちを抱く。

 一週間ほど照を見て、学は彼女に関して様々な発見をしたのだが、しかしながら、照は学と一緒に行動しているものの全くコミュニケーションをとってくれないのだった。

 放課後、細い腕で図書館から本を抱えている照を見かねて、学は本を引き受けることにした。照の身体を半分覆っていた本が、学の片腕に収まっている。結構重たい。普段から、この量の本を持っている照だが、その細腕は痛くならないのだろうか、と学は思う。

「……」
「……何?」

 学がそのように照に手を貸すと、照はいつも学をじっと見上げるのだが、ただそれだけで、何か言葉を返したりすることはない。ありがとうくらい言え……という気持ちはさすがにないが、学のその厚意を照がどう思っているのかは全く分からない。おまけに照はされるがままであるし。

 行動を共にしてから数日、照は本当に学と一言もしゃべらなかった。学内で離れている時や待ち合わせするときはチャット端末で連絡を取り合う。チャット内でも照は少しずつ話をするのだが──少なくとも既読無視は無くなった──、対面だとからっきしだめだ。

 朝、あいさつすると目を丸くして学をジーっと見据えてくる。話しかける時はクローズドクエスチョンなら相槌で意思の疎通ができる。しかし、どこで何を食べる? といったオープンクエスチョンとなると途端に黙りこくってしまい話が広がらない。何か言おうとして学の服の裾をちょんちょんと引っ張るのだが、口を開いてすぐ口を閉じてしまうのだ。

 結局、学が照の声を聞いたのは、あの図書館での救出の一件のみ。それ以降、照は一度も学に口を開こうとしないのだった。

 そのうえ、照はかなり頑固で学の手を焼いた。

 課題を学に相談し、いいんじゃないと返しても、頑なに首を縦に振らないことがある。他人からよしとされても、自分が納得いかないとだめらしい。

 共通科目のグループワークでもそうだ。意思表明としてだめだ、と首を横に振るものの、代替え案を口で出さないし、彼女は思いついたと思ったら、一人で勝手に進めてしまう──確かに、学が作るよりは良いものはできたのだが。

 かと思えば、ふわふわと放課後一緒にいるときなど、急に走り出してどこかに行き、戻ってきたと思ったら二人分のシェイクを持っている始末だ。

 話さないのに雄弁。静かそうに見えるが奔放。

 言葉がないのにも関わらず、主張の強い照とのコミュニケーションに学はなかなかストレスを感じ始めていた。

 照が言う、番になってというのは一体、どういう意味の話だったのだろう。まさか、額面通りの話ではないだろうが、大学内にいるときの暇つぶしになってくれというものならば、やや困った表現である。自分が思うままに行動しているように見える照りに振り回されるほど、学はそこまで体力はない。

「お前、他の奴といるときもそんな感じなのか?」

 課題を済ませてやや肩に力が入った後、二人で食べようとしたのかワッフルを差し出してきた照に学が言った。口調にやや呆れたものが入ってしまい、学はちょっと後悔しつつ、ワッフルを受け取る。

 照はきょとんとしたあと、学を上目遣いで見返してきた。今日は伺うような視線だ。照が口を開きかける。しかし、その小さな口からはやはり何も言葉が出て来ず、口を閉ざしてしまった。むずがゆい沈黙が二人の間にある。

「……照に友達になってほしいって言われて、僕も友達ができてうれしいけど、もう少し何か言ってほしいよ」

 沈黙を誤魔化すように出た学の言葉だったが、思いのほか剣呑な声が出てしまった。ちょっと感じが悪かったな、と口を押さえる。

 普段、照に対して思っていることを言っただけだが、あまりすっきりしない。むしろ、言ってしまったという罪悪感の方が強い。

 学の言葉に、照はわかりやすくむすっとした顔をした。その真意は学にはわからない。

 照はくるっと後ろを向いてとんとんとどこかに走り去っていく。

 学は一人その場に残されてしまった。

 照と一緒にいるのが面白くないわけではない。むしろ、勉学方面に関しては自分の分野だけではない知識で刺激を受けるし、知らないことを知ることができて楽しいときもある。

 問題なのは、コミュニケーションをとれないこと、ただそれだけなのだ。
 来週まで照にあう機会はなく、学は月曜日にどんな顔をして合えばいいのだろう、と悩む。照が置いていった荷物が残されているし、会わなきゃいけないのは確かなのだが。