普段と同様に学は朝から目立っていた。しかし、目立ち方が尋常ではない。普段の倍以上目立っているのは、隣に小さな少女がいるからであろう。
大学にいるのには似つかわしくない小さな女の子。子供のようなその姿で学と並んでちょこちょこ歩いて大学への道を歩いているのである。少女の名前はいばら照。日本有数のいばら財閥の御令嬢である。
──目立ってんなあ……。
目立つのには慣れているが、いつも以上に好奇の目線で見られていると、さすがに学も委縮する。横目で照を見る。つむじしか見えず、その表情はわからない。しかし、学よりも堂々と歩いているように見える。彼女も学と同様、いやそれ以上に目立つことに慣れているのかもしれない。
学は朝からの出来事を反芻していた。
昨日、図書館でアルファに絡まれたのを助けてもらったことをきっかけに、学と照は友達になったのだった。大学生になってまで、友達になりましょう、はいそうですね、なんてあるか!? と学は思うのだが、それは脇に置いておこう。騒動の後、学は照とチャットⅠⅮを交換し連絡を取り合い始めた。最初に交わした会話は、夜に届いた照からのメッセージだ。
『一緒に学校に行こう』
いいよとスタンプを返したものの、どこで待ち合わせする? という学のメッセージは既読無視された。返信しろよ……、と若干の苛立ちを覚えて眠り、朝に家を出ようとしたら家の前に黒塗りのリムジンが止まっていたのである。
学は玄関前でひっくり返った。
「な、な、お前、車って……」
車を運転していた黒スーツの付添人が学のために後部座席のドアを開けると、中から照の顔がのぞく。これで一緒に大学に行こう、というように照が学に乗るように促す。しかし、こんな車で大学に行ったら普段以上に目立つこと間違いなしである。
……しかし、照は普段からこんな派手な車で大学に通っているのだろうか。学は照の生活について全くと言っていいほど情報を持っていなかった。自分の周囲への関心のなさにちょっと疑問が浮かぶ。
少しでも、照の事を知っていたならば、朝からこんな状態にはならなかったはずである。もっと九郎から照のことを聞いておけばよかった、と学は後悔した。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。水野様、お乗りください」
「いや、待て」
丁寧に一礼するスーツを学は押しのけ、照を見た。真っ白で汚れ一つない後部座席に照りはちょこんと座っている。でかいリムジン車の後部座席が余計にでかく広く見える。
「ちょっと、この車で大学に行くのは……、目立つから無理」
最後の方は尻すぼみ気味だった。学の発言に、照が驚いた顔をして、そうなの? という表情で黒服の顔を伺う。付添人も困った顔を浮かべ──しかし、照に首肯した。続けて、水野様もさらに目立つと思われます、と気まずそうに照に言う。この黒スーツの付き人は学と同じ常識的な感覚を持っているらしい。今までも照を送ってきてそうだと思ってはいたのだろう。照が付添人の言葉を聞いて目を丸くした。
「普段は電車だけど……一緒に行くか?」
学は照に聞いてみた。どちらにせよ、学は車で大学に行くつもりはなかった。照が車で行くというなら、大学で待ち合わせればよいだろう。
照は学と黒服の付き人の顔を交互に眺めて、リムジンの後部座席からのそのそと降りてきた。陽の光を浴びて眩しそうにしながら、学を見上げて頷く。
照の姿を見て、それでは、と黒服が学に言った。
「われわれSPは近くに配置を変えさせていただきます」
「え、SP?」
どこからともなく運転手と同じ黒いスーツ姿の人影が現れて学と照を取り囲んだ。照のための護衛らしい。車通学を拒んだ手前、SPのことは断れない。学と照は黒いスーツの男たちに囲まれて大学まで通学することとなった。
駅への道でも、ちょっと混雑している電車内でも学と照の周りには暑苦しいスーツを着た黒服が立ち、取り囲んでいる。すごく物々しい。
あまりのいたたまれなさに、学は照にSPはこんなに近くにいる必要があるのか、と交渉する。
「大学ではこうじゃないだろ!?」
少なくとも、照りが図書館でひっくり返るのだから大学内でSPは近くにいないはずだ。
照の代わりに先ほどの付添人が学の質問に答えた。
「大学内では照さまと一緒にいることは制限されています。照さまが普通に過ごしたいとのことで。ご両親の許可も得ています」
照が持っている防犯ブザーが鳴ればすぐさまSPが駆けつける決まりだが、大学内では大学生らしい生活をしたいという照の要望があるらしい。大学の外では照は普通に過ごせない。照の、普通に過ごしたい、の普通がどれくらいの話なのかはわからないが、彼女の生活の中では、電車の中でもみくちゃにされるようなことはなさそうだった。
学は照の身体を胸に抱いていた。小さい身体は、あっというまに人ごみに飲まれてしまいそうで、盾になってやらないと容易に押しつぶされていただろう。
照はというと、初めての満員電車にびっくりして目を回している。
目当ての駅で降りると、構内にはちょっとした人だかりができていた。遠巻きにして学と照を見ている野次馬が集まっているのだ。大学外のご近所さんにも照とそのご学友の噂が広がっていたらしい。
──めっちゃみられてる~……。
さすがに、学生以外の人間から注目されることは滅多になく、学も少し俯いた。見物人の目に晒されて内心嫌な気分だが、照はあまり気にしていないようだった。本当に注目されることに慣れているのかもしれない。
大学までの道のりは同じく通学する学生に、遠巻きに見られながら歩くことになった。図書館の一件を見ていた学生から大学全体に噂が広まったらしい。友達……というこそこそとした単語から、番……という冷やかしの単語も聞こえた。学と照のやり取りは既にどこまでも細かく伝番しているようだ。
大学一顔の良い男と財閥の令嬢。でかい男と小学生みたいに小さい女。生意気なオメガと何を考えているかわからないアルファ。あらゆるアンバランスな組み合わせが他人に奇異に映っている。学も自分がその立場でなければ、多少はこの組み合わせの男女については変な目線を投げたと思う。
大学門付近で九郎と目が合う。助けを求めようとした学だったが、とりあえず後でのジェスチャーをされて、結局、照と二人で行動するはめになってしまった。
大学にいるのには似つかわしくない小さな女の子。子供のようなその姿で学と並んでちょこちょこ歩いて大学への道を歩いているのである。少女の名前はいばら照。日本有数のいばら財閥の御令嬢である。
──目立ってんなあ……。
目立つのには慣れているが、いつも以上に好奇の目線で見られていると、さすがに学も委縮する。横目で照を見る。つむじしか見えず、その表情はわからない。しかし、学よりも堂々と歩いているように見える。彼女も学と同様、いやそれ以上に目立つことに慣れているのかもしれない。
学は朝からの出来事を反芻していた。
昨日、図書館でアルファに絡まれたのを助けてもらったことをきっかけに、学と照は友達になったのだった。大学生になってまで、友達になりましょう、はいそうですね、なんてあるか!? と学は思うのだが、それは脇に置いておこう。騒動の後、学は照とチャットⅠⅮを交換し連絡を取り合い始めた。最初に交わした会話は、夜に届いた照からのメッセージだ。
『一緒に学校に行こう』
いいよとスタンプを返したものの、どこで待ち合わせする? という学のメッセージは既読無視された。返信しろよ……、と若干の苛立ちを覚えて眠り、朝に家を出ようとしたら家の前に黒塗りのリムジンが止まっていたのである。
学は玄関前でひっくり返った。
「な、な、お前、車って……」
車を運転していた黒スーツの付添人が学のために後部座席のドアを開けると、中から照の顔がのぞく。これで一緒に大学に行こう、というように照が学に乗るように促す。しかし、こんな車で大学に行ったら普段以上に目立つこと間違いなしである。
……しかし、照は普段からこんな派手な車で大学に通っているのだろうか。学は照の生活について全くと言っていいほど情報を持っていなかった。自分の周囲への関心のなさにちょっと疑問が浮かぶ。
少しでも、照の事を知っていたならば、朝からこんな状態にはならなかったはずである。もっと九郎から照のことを聞いておけばよかった、と学は後悔した。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。水野様、お乗りください」
「いや、待て」
丁寧に一礼するスーツを学は押しのけ、照を見た。真っ白で汚れ一つない後部座席に照りはちょこんと座っている。でかいリムジン車の後部座席が余計にでかく広く見える。
「ちょっと、この車で大学に行くのは……、目立つから無理」
最後の方は尻すぼみ気味だった。学の発言に、照が驚いた顔をして、そうなの? という表情で黒服の顔を伺う。付添人も困った顔を浮かべ──しかし、照に首肯した。続けて、水野様もさらに目立つと思われます、と気まずそうに照に言う。この黒スーツの付き人は学と同じ常識的な感覚を持っているらしい。今までも照を送ってきてそうだと思ってはいたのだろう。照が付添人の言葉を聞いて目を丸くした。
「普段は電車だけど……一緒に行くか?」
学は照に聞いてみた。どちらにせよ、学は車で大学に行くつもりはなかった。照が車で行くというなら、大学で待ち合わせればよいだろう。
照は学と黒服の付き人の顔を交互に眺めて、リムジンの後部座席からのそのそと降りてきた。陽の光を浴びて眩しそうにしながら、学を見上げて頷く。
照の姿を見て、それでは、と黒服が学に言った。
「われわれSPは近くに配置を変えさせていただきます」
「え、SP?」
どこからともなく運転手と同じ黒いスーツ姿の人影が現れて学と照を取り囲んだ。照のための護衛らしい。車通学を拒んだ手前、SPのことは断れない。学と照は黒いスーツの男たちに囲まれて大学まで通学することとなった。
駅への道でも、ちょっと混雑している電車内でも学と照の周りには暑苦しいスーツを着た黒服が立ち、取り囲んでいる。すごく物々しい。
あまりのいたたまれなさに、学は照にSPはこんなに近くにいる必要があるのか、と交渉する。
「大学ではこうじゃないだろ!?」
少なくとも、照りが図書館でひっくり返るのだから大学内でSPは近くにいないはずだ。
照の代わりに先ほどの付添人が学の質問に答えた。
「大学内では照さまと一緒にいることは制限されています。照さまが普通に過ごしたいとのことで。ご両親の許可も得ています」
照が持っている防犯ブザーが鳴ればすぐさまSPが駆けつける決まりだが、大学内では大学生らしい生活をしたいという照の要望があるらしい。大学の外では照は普通に過ごせない。照の、普通に過ごしたい、の普通がどれくらいの話なのかはわからないが、彼女の生活の中では、電車の中でもみくちゃにされるようなことはなさそうだった。
学は照の身体を胸に抱いていた。小さい身体は、あっというまに人ごみに飲まれてしまいそうで、盾になってやらないと容易に押しつぶされていただろう。
照はというと、初めての満員電車にびっくりして目を回している。
目当ての駅で降りると、構内にはちょっとした人だかりができていた。遠巻きにして学と照を見ている野次馬が集まっているのだ。大学外のご近所さんにも照とそのご学友の噂が広がっていたらしい。
──めっちゃみられてる~……。
さすがに、学生以外の人間から注目されることは滅多になく、学も少し俯いた。見物人の目に晒されて内心嫌な気分だが、照はあまり気にしていないようだった。本当に注目されることに慣れているのかもしれない。
大学までの道のりは同じく通学する学生に、遠巻きに見られながら歩くことになった。図書館の一件を見ていた学生から大学全体に噂が広まったらしい。友達……というこそこそとした単語から、番……という冷やかしの単語も聞こえた。学と照のやり取りは既にどこまでも細かく伝番しているようだ。
大学一顔の良い男と財閥の令嬢。でかい男と小学生みたいに小さい女。生意気なオメガと何を考えているかわからないアルファ。あらゆるアンバランスな組み合わせが他人に奇異に映っている。学も自分がその立場でなければ、多少はこの組み合わせの男女については変な目線を投げたと思う。
大学門付近で九郎と目が合う。助けを求めようとした学だったが、とりあえず後でのジェスチャーをされて、結局、照と二人で行動するはめになってしまった。


