あの日と今日の空は重なる

 ためらっている私に十真君が笑顔を見せてくれる。彼の笑顔は何だか楽しいことがありそうな雰囲気で何だかほっとする。


「俺、兄ちゃんが出てた映画の話自体はちょっと聞いてたけど、映画が完成してるって知らなかった。何年も前だったし、俺小学生だったし、そんな話があったなくらいしか思い出せなかったのに、こんな風に知ることができて、映画を見ることができて嬉しかった」


 そうだ。

 お姉ちゃんも言っていた。


『この子。同じクラスだったんだ。交通事故で亡くなっちゃって映画どうしようかってみんな悩んでたんだけど、結局最後まで編集して完成させたんだ』


 一真さんは映画のキャストだった。

 学校で映画を撮影していた話はきっと十真君や家族も聞いていたのだろう。でも、映画が完成する前に一真さんは亡くなった。文化祭は六月、その後のシーンは多分夏休みだ。遅くても九月くらいに見えた。そこまでの撮影は終わっている状態だったのだ。

 あまり映画に詳しい訳じゃないけれど、撮影したそのままを普通に使える訳じゃないらしい。いい順番に並べたり、音や音楽なんかを入れたりの編集作業が必要になってくる。その時期にはもう亡くなっていたから、最後まで映画を作りきるかどうか悩んだのかもしれない。

 そしてそんな状況だったら、一真さんの家族に対して映画制作がどのくらい進んでいるかを知らせるのはなかなか難しいのは想像に難くない。

 一真さんの彼女だった紀花さんだって、よほど伊泉家の人達と親しくなければ、亡くなってしまった後にもまめに家に行くことはできないだろう。付き合い始めくらいの関係だったら、お焼香にすら行けたかどうか怪しい。

 だからこそ、十真君はお兄さんの映画について今日まで知らずに過ごしたのだ。それはご家族の人にとってとても悲しいことだ。


「映画自体はそんな面白い訳じゃなかったのに、当たり前に兄ちゃんが学校にいるのを見たみたいで、すごく嬉しかった。みんな演技がうまいとかじゃないから余計に、友達と楽しい時間を過ごしてるところみたいで」


 カキザキショウタを好きだと思ったというには、正直に言うと一真さんの演技力が控えめで、物語中の登場人物を見ているような気はしなかった。


「……うん、楽しそうだったんだよね」


 私もその気持ちは解る。『きらきらの空』の中でお姉ちゃんがたこ焼きを焼いているのを見て、やっぱり私も嬉しかったのだ。私の知らない姿を見て楽しかったのだ。

 当時私も十真君も小学生だ。リアルタイムでその場所に立ち会ったとしても、年上のお兄さん、お姉さんが楽しそうにしている現場で、緊張したりよく解らなかったりして、素直に楽しいとまでは感じなかっただろう。

 自分とほぼ同世代だった兄や姉を今の視点で見るからこんな風に思えているのだ。


「エレナさんが兄ちゃん目当てで学校見に来たっていうのも俺は……うーん、兄ちゃんモテてるな、好かれてるなって思ったくらいで、あんまり深いこと考えてなかった」

「モテてる……」


 考えてもみなかった反応だった。


「それにさ、こんな機会もうないと思うんだ。うちの家族も兄ちゃんが死ぬ前に学校で撮った映画の話なんて忘れてるだろうし、まして紀花さんとか連絡先も知らないから、高校卒業した後に金砂市に住んでるかも解らないし」


 連絡が取れる状態だったら何か聞かせてくれたかもしれないけど、六年前に亡くなった彼氏の弟に当時の話を聞かせてくれと頼まれるのも複雑だろうと思う。新しい恋人だっていてもおかしくないくらいの時間が経っている。

 それにお姉ちゃんと同い年なのだ。多分もう社会人だ。そうしたらこの町から離れている可能性もかなりある。


「その頃の映画部の人に話を聞くこともできるかもしれないけど、六年って結構昔だろ。俺だって兄ちゃんが死んだ頃のことをちゃんと憶えてるかって言えばそこまでじゃないし」


 十真君はちょうどいい言葉が出てこなかったのかしばらく黙っていた。その後、少し笑った。


「多分俺、ずっと兄ちゃんのことを誰かと話したかったんだ。だから──見に行こう? 映画の話、しよう?」


 その表情は少しだけ寂しそうで、でも、綺麗な笑顔だった。

 今まであった罪悪感めいた気持ちと面映ゆい気持ちが混ざり合って、私も不器用な笑みを浮かべた。


「……うん」


 私も『きらきらの空』を観た時から、一真さんの話を誰かとしたかったことにやっと気付いた。