いきなりぽつんとリビングに残され、私は途方に暮れた。我に返ったと言った方が近いかもしれない。
(何で私、こんなところにいるんだろう)
そもそもあんな形で一真さん──カキザキショウタという役柄の男の子を見て、映画の冊子やお姉ちゃんの撮った写真を見て、こんなところまで来てしまった。おまけに彼の弟さんに写真を拾わせ、アイスまでご馳走になったあげく、こんなところに一人座っている。
このリビングで十真君やご家族が暮らしている。六年前には一真さんもいた。当時彼女だった紀花さんという人もこのリビングを訪れたことがあるのだろう。
本当なら気軽に覗いてはいけない他人のプライバシーを、遠慮なく踏みにじっているような気分だった。
部屋の隅に仏壇があるのを見つけた。そのエリアに遺影が一枚。
十真君にほとんど瓜二つの一真さん。そこに無関係の私が入り込んでいい気はしなかった。
この家は、お年寄りが一緒に住んでるような印象があった。古めかしい印象の珠のれんのかけられたキッチンといい、全体的にインテリアが私達の親世代が好むより昔風だ。
少なくとも「アイスをもらってきた」おばあさんが一緒に住んでいるのは間違いないし、おばあさんと住んでいるのにおじいさんが亡くなっていた場合、おじいさんの遺影もあるだろう。
でも、そこにあるのは制服姿の一真さんの写真だけだ。
しばらく戸惑ったまま待っていると、ややあって十真君が戻ってきた。白いシャツと細いチェック模様の入っている紺色のパンツは『きらきらの空』に登場する男子生徒が穿いていたし、同じ模様はお姉ちゃんの高校時代のスカートにも入っていた。
こうして見ると、十真君は一真さんとかなり似ている。髪型は違うし、顔も少し十真君の方がシャープな印象なんだけど、それでもかなり似た兄弟だと思う。
私も姉妹で似てると言われることがあるけれど、よく似てるというほどじゃない。二人共髪の色が明るくて顔立ちに外国人っぽさがあるからそう思われているんだと思う。
顔はお姉ちゃんがお父さん似で私はお母さん似。髪の色だけはお姉ちゃんの方が明るくてお母さん似だ。
でも十真君と一真さんは違う。ここまで似ていると、いきなり現れた人間が映画のお兄さん目当てでやってきたことは気持ち悪いんじゃないだろうか。
「もう行ける?」
「う、うん……」
ぎこちなくうなずいてみせると、十真君はトレイにアイスの容器と二人分のグラスを載せて歩き出し、そのままキッチンに数秒立ち寄り、すぐに出てきた。
「行こうか」
一瞬、片付けくらいは手伝った方がよかったのかもしれないと思ったけど、初めて家にやってきた人間がそんなことをするのもやっぱり変だ。小さく会釈してそのままついていくしかできなかった。
十真君が先に靴を履いて外に出て、決して広くはない三和土の場所を私に譲った。
待たせているのが申し訳なかったけど、何だかこのままだと適当に靴をつっかけて、そのまま転んだりしそうな感じだったので、かなり意識してちゃんと靴を履く時間を取った。
玄関の横開きの扉から出て、眩しい太陽に眼を細めている間に、十真君が家の鍵をかけている。振り返って扉が閉まったところを見ると、やっと自分が思ったより緊張していたことに気が付いた。
初めて逢った男の子の家で二人きりになることへの緊張とは違う。
人の居心地のいいプライベートな空間を踏みにじったこと、しかも亡くなったお兄さんの出ていた映画に物見高くやってきた失礼な人間として入り込んだことが心苦しいのだ。
十真君が親切でいい人だから余計にそう思う。
「どうしたの? トイレ行っとく?」
「う、うん……一応行っておこうかな。学校で借りてるところ見つかるのも困るし」
「廊下左に曲がるところあるからそこ。台所の向かいのところ」
そう言うと十真君が鍵を開けてくれた。
本当は男の子に「トイレに行きたい」と言うのも恥ずかしいけれど、それよりもお腹のあたりにわだかまる重たい気分を少し楽にしたかった。
今のままだといたたまれなさを抱えたまま歩く羽目になるし、そんな状態で失礼なことを言わずにしのげる気がしない。
家の中に戻ると、教えてもらった場所にあるトイレに入って用を済ませ、洗面所で手を洗う。鏡に映った自分の顔はどこか沈んで、おどおどしているように見えた。
十真君は初対面の相手にも親切でいい人だ。ただでさえ迷惑をかけているのに、沈んだ表情で心配させるなんて絶対してはいけない。
両唇の端に指を当て、笑みの形に持ち上げる。眼も笑みの形に動かして、それなりに笑顔っぽくなった。
「よし」
声も元気っぽくなった。
私は鏡の前から歩き出し、玄関へと向かう。
「ごめんね。ありがとう。助かった」
少し急いで靴を履き外に出ると、十真君がもう一度鍵をかけた。
(何で私、こんなところにいるんだろう)
そもそもあんな形で一真さん──カキザキショウタという役柄の男の子を見て、映画の冊子やお姉ちゃんの撮った写真を見て、こんなところまで来てしまった。おまけに彼の弟さんに写真を拾わせ、アイスまでご馳走になったあげく、こんなところに一人座っている。
このリビングで十真君やご家族が暮らしている。六年前には一真さんもいた。当時彼女だった紀花さんという人もこのリビングを訪れたことがあるのだろう。
本当なら気軽に覗いてはいけない他人のプライバシーを、遠慮なく踏みにじっているような気分だった。
部屋の隅に仏壇があるのを見つけた。そのエリアに遺影が一枚。
十真君にほとんど瓜二つの一真さん。そこに無関係の私が入り込んでいい気はしなかった。
この家は、お年寄りが一緒に住んでるような印象があった。古めかしい印象の珠のれんのかけられたキッチンといい、全体的にインテリアが私達の親世代が好むより昔風だ。
少なくとも「アイスをもらってきた」おばあさんが一緒に住んでいるのは間違いないし、おばあさんと住んでいるのにおじいさんが亡くなっていた場合、おじいさんの遺影もあるだろう。
でも、そこにあるのは制服姿の一真さんの写真だけだ。
しばらく戸惑ったまま待っていると、ややあって十真君が戻ってきた。白いシャツと細いチェック模様の入っている紺色のパンツは『きらきらの空』に登場する男子生徒が穿いていたし、同じ模様はお姉ちゃんの高校時代のスカートにも入っていた。
こうして見ると、十真君は一真さんとかなり似ている。髪型は違うし、顔も少し十真君の方がシャープな印象なんだけど、それでもかなり似た兄弟だと思う。
私も姉妹で似てると言われることがあるけれど、よく似てるというほどじゃない。二人共髪の色が明るくて顔立ちに外国人っぽさがあるからそう思われているんだと思う。
顔はお姉ちゃんがお父さん似で私はお母さん似。髪の色だけはお姉ちゃんの方が明るくてお母さん似だ。
でも十真君と一真さんは違う。ここまで似ていると、いきなり現れた人間が映画のお兄さん目当てでやってきたことは気持ち悪いんじゃないだろうか。
「もう行ける?」
「う、うん……」
ぎこちなくうなずいてみせると、十真君はトレイにアイスの容器と二人分のグラスを載せて歩き出し、そのままキッチンに数秒立ち寄り、すぐに出てきた。
「行こうか」
一瞬、片付けくらいは手伝った方がよかったのかもしれないと思ったけど、初めて家にやってきた人間がそんなことをするのもやっぱり変だ。小さく会釈してそのままついていくしかできなかった。
十真君が先に靴を履いて外に出て、決して広くはない三和土の場所を私に譲った。
待たせているのが申し訳なかったけど、何だかこのままだと適当に靴をつっかけて、そのまま転んだりしそうな感じだったので、かなり意識してちゃんと靴を履く時間を取った。
玄関の横開きの扉から出て、眩しい太陽に眼を細めている間に、十真君が家の鍵をかけている。振り返って扉が閉まったところを見ると、やっと自分が思ったより緊張していたことに気が付いた。
初めて逢った男の子の家で二人きりになることへの緊張とは違う。
人の居心地のいいプライベートな空間を踏みにじったこと、しかも亡くなったお兄さんの出ていた映画に物見高くやってきた失礼な人間として入り込んだことが心苦しいのだ。
十真君が親切でいい人だから余計にそう思う。
「どうしたの? トイレ行っとく?」
「う、うん……一応行っておこうかな。学校で借りてるところ見つかるのも困るし」
「廊下左に曲がるところあるからそこ。台所の向かいのところ」
そう言うと十真君が鍵を開けてくれた。
本当は男の子に「トイレに行きたい」と言うのも恥ずかしいけれど、それよりもお腹のあたりにわだかまる重たい気分を少し楽にしたかった。
今のままだといたたまれなさを抱えたまま歩く羽目になるし、そんな状態で失礼なことを言わずにしのげる気がしない。
家の中に戻ると、教えてもらった場所にあるトイレに入って用を済ませ、洗面所で手を洗う。鏡に映った自分の顔はどこか沈んで、おどおどしているように見えた。
十真君は初対面の相手にも親切でいい人だ。ただでさえ迷惑をかけているのに、沈んだ表情で心配させるなんて絶対してはいけない。
両唇の端に指を当て、笑みの形に持ち上げる。眼も笑みの形に動かして、それなりに笑顔っぽくなった。
「よし」
声も元気っぽくなった。
私は鏡の前から歩き出し、玄関へと向かう。
「ごめんね。ありがとう。助かった」
少し急いで靴を履き外に出ると、十真君がもう一度鍵をかけた。
