伊泉(いいずみ)家は少し古めかしい平屋の和風建築だった。廊下の漆喰の壁が最近あんまり見ないような感じで、何だかお父さん方のおじいちゃんの家を思い出す。居心地のいい感じがあった。


(この家で……一真(かずま)さんが過ごしてた……十真(とおま)君は今も暮らしてるんだ)


 そう思うと、男の子一人だけしかいない家に上がることへの問題とか、そういうものが頭からすっかり抜けていた。もし十真君がそういう不純なことを考えていたなら、私はひどい目に遭っていたはずだ。

 でも、十真君はそんな素振りもなく、板張りの廊下を先導していく。


「あ、ちょっと待ってて。何か取ってくる。確かばあちゃんのもらってきたアイスまだあったはず」


 十真君はチャララと軽い音を立てて珠のれんをくぐるとキッチンらしい部屋に入っていった。勝手に入っていいものか悩んだので、そのまま立って彼が出てくるのをを待っていると、室内から冷蔵庫を開ける音、ガラスのカチャカチャした音、何かを注ぐ音がする。ややあって珠のれんをかき分けて戻ってきた。

 そのタイミングにやっと十真君が着ている服が淡い水色のだぷっとしたTシャツとオリーブグリーンのカーゴパンツなのに気が付いた。ものすごく緊張していたせいで、何を着ているかなんて全く頭に入ってこなかった。


「でかい方がいいからテレビで観よう。エレナさん、こっち」


 トレイを右手で持った十真君は、出てきた部屋の向かいに開いている部屋を空けた左手で示す。どうやらリビングのようだ。この部屋は廊下や少し覗いたキッチンよりやや新しい洋室だ。もしかしたらリフォームしたのかもしれない。

 そちらの部屋に入って隅で待っていると、十真君がソファで囲んだところにあるローテーブルにトレイを置いた。トレイにはカップのアイスが二個と、麦茶を注いだ簡素なデザインのグラスが二個載せてある。アイスを食べるための小さなスプーンもある。

 今までいたのはこの部屋ではなかったのだろう。部屋が蒸し暑い。十真君は室内のエアコンのスイッチを入れ、テーブルの上に置かれた別のリモコンを手に取りながらソファに座った。少しずつ空気が流れて気温が下がっていく。


「そこ座って。アイス好きな方食べていいよ」

 そう言いながら、手に持ったリモコンを横目で見ながらアプリ画面を出す。

 私はおずおずと十真君が座っている大型のソファの斜め横にある一人がけのソファに座った。抹茶とフレッシュミルクのアイスを見て、少し悩んでからフレッシュミルクのアイスとスプーンを取った。抹茶は苦いからそんなに好きじゃない。

 ちょっと高そうなアイスだ。こんな訳の解らない理由でやってくることになった招かれざる客人相手にわざわざ出してくれたのは申し訳なかった。

 でも、バスではあまり冷房が効いていなかったし、外が暑かったのに慌てて写真を拾ったりしてばたばたしたのもあって、冷たいアイスは嬉しかった。


「ばあちゃんがもらってきた時には他の種類のアイスもあったんだけど、残ってるのそれだけだったから──そう言えば映画のタイトル何?」

「えっと……『きらきらの空』っていうの。空だけ漢字で」

「解った」


 十真君が検索画面で文字入力して、ほどなく画面が表示される。

 少しだけお馴染みの画面。私が見た時はスマホの小さな画面だったので、大きな画面で表示されるとまた別の印象があった。

 小さな画面だと気にならなかったけど、タイトルロゴが素人っぽいとか、文化祭はいつ開催されたんだろうかという疑問が浮かぶ。それに来る時に最寄り駅のあたりにはクレーンゲームができそうなゲームセンターは全く見当たらなかったことも思い出す。

 それに大きな画面で見るとヒロイン役の子以外の、一真さんを含めて出演している生徒達は決して演技が上手ではなかった。一真さんのガールフレンド役の女子の台詞はほとんど棒読みだった。おまけに各所に挟まれたドローンで撮影したらしいシーンだけがすごく浮いている。

 あまり出来のいい映画ではないのかもしれない。

 でも、そんなことがどうでもよくなるくらいに、みんながとても楽しそうだった。その印象は変わらなかった。メンバーのやりたいことをバランスを取らないまま入れたのかもしれない。

 十真君は黙ったままスタッフロールまで見ていたけど、その途中で画面を止めた。