「十真君……」
それは多分、ただの偶然。いくつかのささやかな偶然が重なっただけのことで、お礼を言われるほどのことじゃない。
でも「そこにいてくれてありがとう」と思ってくれている。それ自体がさっき食べたアーモンドペストリーの甘さのように私に沁みて、笑みがこぼれてくる。
「私も……来てよかったって思うよ。男の子目当ての、底の浅い聖地巡礼に浮かれた子だって笑わずにいてくれてほっとした」
「笑ったりなんてしないよ。でもちょっと気になるな。エレナさん、兄ちゃんはもう死んでるって知ってて来たんだよね? つらくなかったの? 好きなんじゃなかった?」
ものすごく心配そうに問われる。
「どちらかというと好きだなと思ったのは一真さんというよりは、カキザキショウタなんじゃないかな。そもそも一真さんのことは伝聞でしか知らないしね。もちろんいい人なんだろうとは思うよ。亡くなった時にはみんな悲しんでたみたいだし」
首を振ろうとして、あることに気付いて衝撃を受けた。
「もしかして、一真さんのことを好きな女の子が訪ねてきて、かわいそうだから今日一緒に来てくれた、とか……」
もしそうだったら罪悪感が山盛りで立ち直れそうにない。
強張った私の表情を見たせいか、十真君はぶんぶん首を振った。
「部屋に上がってもらった時にはそんな感じだったけど、今はあんまり関係ないよ。兄ちゃんのことを話しながら楽しい時間を過ごせるのが嬉しくて、それが終わって帰らなきゃいけなくなるのが嫌だなって思ってた」
「──私も」
たった一言口にするだけで、本当に胸が苦しかった。
でも、十真君の言葉を聞いて、嬉しい言葉をもらうだけじゃなく、自分の気持ちも伝える勇気が出た。
「あのね、今日で聖地巡礼は終わりだけど……十真君の都合のいい時でいいんだけど、また逢いたいな。どこか行ったり、何か食べたりとか──聖地巡礼じゃなくても今日みたいに」
そこまで言って勇気は全部使い果たしてしまう。
本当は絶対これだけじゃ言葉が足りない。すごく大事なことを区別できていない。でも、それをうまく説明できる気がしなかった。
多分、一真さんの演じたカキザキショウタと、恋人の紀花さんが演じたイワイリカのように付き合いたいとかそういうのとは少し違う。そういう気持ちは初めて見てどきどきした一真さんに対しても抱いていなかった。
メッセンジャーアプリで時々やりとりして。一緒に出かけたり、何か食べたり、何でもないことを喋って。十真君とそんな風に過ごせる時間が欲しい。そして十真君もそう望んでいてくれたらいい。
今の私が十真君に望んでいるのはこれだけだ。
このまま言葉を継ぎ足すと、違う意味に取られそうな気がするせいか、何も付け加えることなくただ黙っていた。
結局、何かを説明する言葉を付け足したりする必要はなかった。
私と十真君はメッセンジャーアプリの連絡先を交換して、その後砂だらけになっていた足をはたいて、ミネラルウォーターで濡らしたタオルで拭いてから、駅までのタクシーは呼ばず、帰り支度をして天香海岸から去った。
二人で鬱蒼とした樹々の合間に通る道を抜けていくうちに、空は青みを失い、少しずつ黄色くなっていき、やがて赤みを帯びていく。
「俺、駅まで行ったらコンビニでアイス買いたい」
「うん、冷たいもの欲しいよね」
何しろ天香海岸に来てから一口も冷たいものを口にしていない。アイスを食べたら極楽みたいな気分になれそうだった。
どんどん濃さと鮮やかさを増してくる夕空の赤を見上げながら歩いていると、あることを思い出して笑いが漏れる。
「エレナさん、どうしたの?」
「ドローン撮影のシーンがあちこちにあるから忘れてたけど、ラストシーン、ドローンで夕焼けの空撮ってるところだったよね」
「うん、これで全部見たことになるかな」
十真君は明るく笑う。私も体が疲れてはいるはずだけれど、爽やかな気分のせいかつらさは感じず笑い返した。
こんな風に過ごせる時間はこれきりじゃないのだと知っている。
それだけで全てがあの『きらきらの空』よりも一層輝いているような気がした。
それは多分、ただの偶然。いくつかのささやかな偶然が重なっただけのことで、お礼を言われるほどのことじゃない。
でも「そこにいてくれてありがとう」と思ってくれている。それ自体がさっき食べたアーモンドペストリーの甘さのように私に沁みて、笑みがこぼれてくる。
「私も……来てよかったって思うよ。男の子目当ての、底の浅い聖地巡礼に浮かれた子だって笑わずにいてくれてほっとした」
「笑ったりなんてしないよ。でもちょっと気になるな。エレナさん、兄ちゃんはもう死んでるって知ってて来たんだよね? つらくなかったの? 好きなんじゃなかった?」
ものすごく心配そうに問われる。
「どちらかというと好きだなと思ったのは一真さんというよりは、カキザキショウタなんじゃないかな。そもそも一真さんのことは伝聞でしか知らないしね。もちろんいい人なんだろうとは思うよ。亡くなった時にはみんな悲しんでたみたいだし」
首を振ろうとして、あることに気付いて衝撃を受けた。
「もしかして、一真さんのことを好きな女の子が訪ねてきて、かわいそうだから今日一緒に来てくれた、とか……」
もしそうだったら罪悪感が山盛りで立ち直れそうにない。
強張った私の表情を見たせいか、十真君はぶんぶん首を振った。
「部屋に上がってもらった時にはそんな感じだったけど、今はあんまり関係ないよ。兄ちゃんのことを話しながら楽しい時間を過ごせるのが嬉しくて、それが終わって帰らなきゃいけなくなるのが嫌だなって思ってた」
「──私も」
たった一言口にするだけで、本当に胸が苦しかった。
でも、十真君の言葉を聞いて、嬉しい言葉をもらうだけじゃなく、自分の気持ちも伝える勇気が出た。
「あのね、今日で聖地巡礼は終わりだけど……十真君の都合のいい時でいいんだけど、また逢いたいな。どこか行ったり、何か食べたりとか──聖地巡礼じゃなくても今日みたいに」
そこまで言って勇気は全部使い果たしてしまう。
本当は絶対これだけじゃ言葉が足りない。すごく大事なことを区別できていない。でも、それをうまく説明できる気がしなかった。
多分、一真さんの演じたカキザキショウタと、恋人の紀花さんが演じたイワイリカのように付き合いたいとかそういうのとは少し違う。そういう気持ちは初めて見てどきどきした一真さんに対しても抱いていなかった。
メッセンジャーアプリで時々やりとりして。一緒に出かけたり、何か食べたり、何でもないことを喋って。十真君とそんな風に過ごせる時間が欲しい。そして十真君もそう望んでいてくれたらいい。
今の私が十真君に望んでいるのはこれだけだ。
このまま言葉を継ぎ足すと、違う意味に取られそうな気がするせいか、何も付け加えることなくただ黙っていた。
結局、何かを説明する言葉を付け足したりする必要はなかった。
私と十真君はメッセンジャーアプリの連絡先を交換して、その後砂だらけになっていた足をはたいて、ミネラルウォーターで濡らしたタオルで拭いてから、駅までのタクシーは呼ばず、帰り支度をして天香海岸から去った。
二人で鬱蒼とした樹々の合間に通る道を抜けていくうちに、空は青みを失い、少しずつ黄色くなっていき、やがて赤みを帯びていく。
「俺、駅まで行ったらコンビニでアイス買いたい」
「うん、冷たいもの欲しいよね」
何しろ天香海岸に来てから一口も冷たいものを口にしていない。アイスを食べたら極楽みたいな気分になれそうだった。
どんどん濃さと鮮やかさを増してくる夕空の赤を見上げながら歩いていると、あることを思い出して笑いが漏れる。
「エレナさん、どうしたの?」
「ドローン撮影のシーンがあちこちにあるから忘れてたけど、ラストシーン、ドローンで夕焼けの空撮ってるところだったよね」
「うん、これで全部見たことになるかな」
十真君は明るく笑う。私も体が疲れてはいるはずだけれど、爽やかな気分のせいかつらさは感じず笑い返した。
こんな風に過ごせる時間はこれきりじゃないのだと知っている。
それだけで全てがあの『きらきらの空』よりも一層輝いているような気がした。
