一時間後。
買ったばかりのティアードシャツの上にサマーカーディガンを着て、一応歩きやすいようにクロップドパンツの、普段よりちょっとだけ可愛いかもしれないコーディネートの服を着た私は、一度も乗ったことのない沿線の電車に乗って、私はぼんやりと窓から景色を見ていた。
サマーカーディガンを着ているのは陽灼け防止用だ。色が白くて陽灼けすると赤く腫れてしまう方なのだ。
「……えーと」
ターミナル駅の千波から乗り換えた後の光景はテレビなんかの画面では珍しくない、のどかな田舎の景色。鮮やかな青い空の下、ほどほどに住宅があって、畑が見えて、樹々が見えて。そして住宅が少しずつ古くなり、少なくなっていく。その代わりに樹々がどんどん増えていく。そんな景色が流れていくのを座って見ていた。
(もう金砂市に入ってるのかな……)
お姉ちゃんの通っていたあの高校はうちの最寄り駅、虎塚駅から電車に乗ってターミナル駅である千波駅まで出て一度乗り換える。単線の列車に乗っていき、終点の金砂で降りる。ロータリーから出ているバスで大体十分くらいの場所らしい。
もうすぐで金砂駅に到着する。
夏休みの平日の午後だからかもしれないけど、乗客はほとんど乗っていなかった。
でも、その高校とはほぼ無縁で育ってきた私にとっては、田舎の方にある、名前だけ知ってる学校でしかない。知らない場所へ小旅行程度のことなんだろう。
人がいないのは知っているのに、つい周囲を確認してからショルダーバッグの中に手を伸ばす。
あの冊子と一緒に入っていた、写真入りの封筒。そこから写真を一枚取り出した。
『あの人』が主役の男の子と一緒に笑って写っていた。主役の子が変な顔のぬいぐるみを持っている。ゲームセンターの中での写真らしい。どうも彼らにとってはネタ枠みたいな印象で、しょうがないなーみたいな感じで笑っている。
別の写真でそのぬいぐるみはヒロイン役の女の子が持っていた。
そんなお約束っぽい楽しい時間だ。
別にあの時間を一緒に過ごしたいと思った訳じゃない。あれがフィクションだということは解っている。タイムスリップなんてできないし、亡くなっている人と逢うこともできない。
降車駅のアナウンスが流れ、ゆっくりと電車が停まる。
ドアが開いた。
私は慌てて歩き出し、初めて降り立つ駅に戸惑っていた。
修学旅行と家族旅行以外に、旅行に行った経験がほとんどないから、こういう景色を自分の眼でちゃんと見たことがなかったのだ。観光地っぽく見える要素がいくつか散らばったその駅を見た時には突然非日常っぽい気分に打ちのめされた。
大したことのない理由なのに遠くまで来たんだと突きつけられたような気がする。
意味も解らないショックを受けている自分に気が付いて、何だかいたたまれない気分になっていた。
ロータリーのバス停はすぐに見つかった。誰も並んでいないので少し心細かったけれど、十分くらい経ってからバスが入ってくる。始発だから整理券を取らないで開いたドアから乗り込んで待つことにした。
何分か走って目的のバス停で下りる。
「──あの高校だ」
バスの中、割と遠くからでも映画『きらきらの空』で映されていた見憶えのある校舎が見えていたので、目的地はすぐに解った。
作中で校門のところでみんなが写真を撮るシーンがあったのを思い出す。その写真は封筒の中に入っているはずだ。私は歩きながら封筒を取り出し、お目当ての写真を引っ張り出そうと指を伸ばす。
集中していたせいだろう。自転車の音がすぐ側に聞こえ、慌てて振り返ろうとする。
「あ、すみませーん」
手許の封筒がパッと落ちる。中の写真が散らばりかけて、何とか押さえようとした横を、自転車に乗っていた小学生くらいの男の子が走っていく。ちょっと申し訳なさそうな声ではあったけど、止まって一緒に拾おうとはしてくれなかった。
「大丈夫。行っていいよーっ」
そう言うとその子の自転車はスピードを上げた。
別にいいけれど、少し寂しい。
私は仕方なくしゃがんで、落ちた写真に手を伸ばした──
買ったばかりのティアードシャツの上にサマーカーディガンを着て、一応歩きやすいようにクロップドパンツの、普段よりちょっとだけ可愛いかもしれないコーディネートの服を着た私は、一度も乗ったことのない沿線の電車に乗って、私はぼんやりと窓から景色を見ていた。
サマーカーディガンを着ているのは陽灼け防止用だ。色が白くて陽灼けすると赤く腫れてしまう方なのだ。
「……えーと」
ターミナル駅の千波から乗り換えた後の光景はテレビなんかの画面では珍しくない、のどかな田舎の景色。鮮やかな青い空の下、ほどほどに住宅があって、畑が見えて、樹々が見えて。そして住宅が少しずつ古くなり、少なくなっていく。その代わりに樹々がどんどん増えていく。そんな景色が流れていくのを座って見ていた。
(もう金砂市に入ってるのかな……)
お姉ちゃんの通っていたあの高校はうちの最寄り駅、虎塚駅から電車に乗ってターミナル駅である千波駅まで出て一度乗り換える。単線の列車に乗っていき、終点の金砂で降りる。ロータリーから出ているバスで大体十分くらいの場所らしい。
もうすぐで金砂駅に到着する。
夏休みの平日の午後だからかもしれないけど、乗客はほとんど乗っていなかった。
でも、その高校とはほぼ無縁で育ってきた私にとっては、田舎の方にある、名前だけ知ってる学校でしかない。知らない場所へ小旅行程度のことなんだろう。
人がいないのは知っているのに、つい周囲を確認してからショルダーバッグの中に手を伸ばす。
あの冊子と一緒に入っていた、写真入りの封筒。そこから写真を一枚取り出した。
『あの人』が主役の男の子と一緒に笑って写っていた。主役の子が変な顔のぬいぐるみを持っている。ゲームセンターの中での写真らしい。どうも彼らにとってはネタ枠みたいな印象で、しょうがないなーみたいな感じで笑っている。
別の写真でそのぬいぐるみはヒロイン役の女の子が持っていた。
そんなお約束っぽい楽しい時間だ。
別にあの時間を一緒に過ごしたいと思った訳じゃない。あれがフィクションだということは解っている。タイムスリップなんてできないし、亡くなっている人と逢うこともできない。
降車駅のアナウンスが流れ、ゆっくりと電車が停まる。
ドアが開いた。
私は慌てて歩き出し、初めて降り立つ駅に戸惑っていた。
修学旅行と家族旅行以外に、旅行に行った経験がほとんどないから、こういう景色を自分の眼でちゃんと見たことがなかったのだ。観光地っぽく見える要素がいくつか散らばったその駅を見た時には突然非日常っぽい気分に打ちのめされた。
大したことのない理由なのに遠くまで来たんだと突きつけられたような気がする。
意味も解らないショックを受けている自分に気が付いて、何だかいたたまれない気分になっていた。
ロータリーのバス停はすぐに見つかった。誰も並んでいないので少し心細かったけれど、十分くらい経ってからバスが入ってくる。始発だから整理券を取らないで開いたドアから乗り込んで待つことにした。
何分か走って目的のバス停で下りる。
「──あの高校だ」
バスの中、割と遠くからでも映画『きらきらの空』で映されていた見憶えのある校舎が見えていたので、目的地はすぐに解った。
作中で校門のところでみんなが写真を撮るシーンがあったのを思い出す。その写真は封筒の中に入っているはずだ。私は歩きながら封筒を取り出し、お目当ての写真を引っ張り出そうと指を伸ばす。
集中していたせいだろう。自転車の音がすぐ側に聞こえ、慌てて振り返ろうとする。
「あ、すみませーん」
手許の封筒がパッと落ちる。中の写真が散らばりかけて、何とか押さえようとした横を、自転車に乗っていた小学生くらいの男の子が走っていく。ちょっと申し訳なさそうな声ではあったけど、止まって一緒に拾おうとはしてくれなかった。
「大丈夫。行っていいよーっ」
そう言うとその子の自転車はスピードを上げた。
別にいいけれど、少し寂しい。
私は仕方なくしゃがんで、落ちた写真に手を伸ばした──
