あの日と今日の空は重なる

 駐車場に降り立った時、ゆるやかな潮風が肌を撫でた。海からそよいでくるらしい。

 周囲にはあまり建物もなく、食事ができそうなお店は一軒あるきりだったけれど、浜には公衆トイレが設置されている。最悪の場合にも尊厳を失わずに済みそうだ。

 そして浜辺や海、近くにある樹々で覆われた岩盤、浜から見た道の曲線、コンクリート製の護岸のシルエット、消波ブロック。みんな『きらきらの空』でお馴染みの場所にあった。


「うわぁ、そのままだ……! 十真君、行こっ?」


 思わず小走りで浜辺へと向かう。息を大きく吸い込んだせいか、潮の香りは一層強く感じられた。

 アスファルトの駐車場からコンクリートの通路、そして砂浜へと差しかかる。砂がやわらかいので靴から伝わる感触があからさまに変わった。砂のせいで踏んだ場所で足がわずかに滑って沈む。むしろ裸足の方が走りやすいような場所だ。

 太陽で熱された砂をそのまま踏む勇気はなかったので、足を取られないようにスピードをゆるめようとした。

 そのタイミングに足許にある何かが引っかかる。


「わっ?」

「エレナさんっ」


 十真君が手を伸ばし、私の手首を引っ張った。

 その瞬間、自分の髪が乱れ、前が見えなくなる。

「えっ、私何に……」


 決して大きくはない数センチくらいのくぼみができていて、そこに足を取られたらしい。十真君が危なげなく私の体を支えてくれている間に、くぼみに突っ込んでしまった足を抜いて、安定した場所を踏んでバランスを取る。


「砂浜って踏んだ感じが一定じゃないから、ちょっと気を付けた方がいいね。転んでも痛くないから最悪のことにはならないけど」

「ごめんね。はしゃいで恥ずかしいことしちゃった」


 私が安定して立ったのを確認して、十真君が手を放す。自由になった手で、乱れてしまった髪をさりげなく直した。


「せっかくだし、映画でみんながいた場所で見てみようか」

「うん」


 転びかけたのを責められなくてほっとした。

 十真君はスマホで『きらきらの空』の動画を確認し、海のシーンで画面を停止する。そしてゆっくりと歩いてほどなく足を止めた。


「ここ」


 そう言った後、私の肩に手をかけて立っている角度を少しずらすと私にスマホの画面を見せた。


「──ほんと、ここだ……」


 この海へ一緒に来た五人の生徒がはしゃいで打ち寄せる波に足を浸したり、海水を触って遊んだりしているシーンだ。本当はもう少し多くの生徒が来ていたらしいし、先生だっていたけれど、ここで演じている生徒達は全部で五人。

 ちょうどそこに映っている背景が同じ角度になっている。


「いいな……私も足だけでも浸してみたくなってきた。どうせならサンダル履いてくればよかったな」

「俺、海に入ってこよう。エレナさんも入ればいいのに。足冷えるし気持ちいいと思うよ」


 そう言うと十真君は靴を脱ぎ、靴下を引っ張って靴の中に突っ込んでコンクリート舗装された通路の上に置くと、そのまま海へと向かった。映画の中の面々のようにはしゃいで走っていったりはせず、普通に歩いていった。

 その後ろ姿を見ているうちに、私も我慢ができなくなってきた。

 砂で足が汚れても、タオルもウェットティッシュもある。まだ開けていないミネラルウォーターのペットボトルもある。きっと大丈夫。

 コンクリートの端に座って靴と靴下を脱いで裸足になると、靴を揃えて砂浜に降り、十真君の後を追った。

 足の裏にさらさらとした砂の感触と熱が感じられる。火傷するほどではないけれど、ちょっと熱いなと思う程度の温度だ。さっき転びそうになったので気を付けて、寄せる波に足を浸している十真君の側まで歩いた。

 海は凪いでいるのでそれほど波は強くない。引いていくタイミングの潮にちゃぷちゃぷと足を踏み入れる。一瞬だけ肌を流れ、そのまま遠ざかっていった。


「水、思ってたより冷たい」

「もうちょっとで夕方だから、もうあんまりぬるくないんだろうね」


 そう笑う十真君の足に、もう一度波が寄せる。少し大きな波だったのか、カーゴパンツの端にかぶったようだ。


「濡れちゃったね。後でタオル貸す?」

「平気。水に濡れても大丈夫な生地だから」

「いいな……」


 私の穿いているのは少し短いクロップドパンツだ。濡れた時にすぐ乾くような生地でもないのでなるべくたくし上げておくことにした。海に来ると決まっていれば、もう少し濡れても平気そうなパンツにしたのにと少し後悔した。

 でも、少しくらい濡れてもいい。今日はこうして十真君と海の水に足を浸して遊んでいる時間が楽しい。